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第一章「袖振り合う世の縁結び」
「袖振りあうも多生の縁」という、ことわざがある。
スクランブル交差点ですれ違う瞬間に衣服の袖が触れ合うような、ほんのささいな出会いも、前世からの因縁により生じている。
ゆえにどんな出会いも大切にすべきなのである。
そういった意味合いのありがたい戒めで、仏教思想に基づく成句だ。
現代文の授業に耳を傾けながら国語便覧をめくっていたときに、たまたま開いたページにはそんな解説が載っていた。
僕には、このことわざを「袖振りあうも多少の縁」と書くのだと勘違いしていた時期がある。
七十億人以上もの人類がひしめく世界で、袖と袖とがこんにちはするほどの近距離で巡り合うなんて偶然は、宇宙的視座から鑑みればミクロな奇跡で、多少なりとも縁があるものと考えてもおおよそ間違いではないだろう。
しかし、「多生」と「多少」ではまるで正反対ではないか。
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