転がる石のように

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その夜、清汰のスマートフォンにバルーンレターの通知が来ることはなかった。 翌朝、清汰が朝食を食べながら朝の情報番組を見ていると、女優の日奈森一実がむせび泣く姿が映しだされていた。化粧もろくにせず、目は腫れぼったく、ごめんなさい、と言葉にならない声を絞り出しながら頭を深く下げている。 「世の中にはこんな人もいるのねぇ」と清汰の母親は誰に言うでもなく呟いてから、お茶を一口すすって席を立った。 アナウンサーが事のあらましについて、フリップを交えながら説明した。 「昨晩、渋谷で行われた音楽のライブに参加した日奈森一実さんは、普段なら混雑する会場の状況を踏まえてスニーカーなどで参加するそうですが、仕事終わりだったこともありヒールを履いたままライブに参加したそうです。ライブが盛り上がる中、日奈森さんはライブに熱中するあまり、誤って隣にいた観客の足を踏んでしまい、その事が原因でトラブルへと発展しました。ライブ終了後も二人のトラブルは収まらず、会場を出たあと、会場の前の歩道で二人はもみ合いになったそうです。その最中、日奈森さんのヒールが折れ、日奈森さんは車道に転倒してしまいました。会場の前は車通りの激しい幹線道路ですから、日奈森さんの倒れこんだ先に走行中の車が走ってきたところを、今朝亡くなられた、吉川尚子さんが日奈森さんを助けに入り、走っていた乗用車と衝突したとの事です」 テレビには亡くなった吉川さんが気恥ずかしそうに笑いながらピースしている写真が表示された。 清汰は朝食を食べ終わると制服に着替えて高校に向かった。 その夜も、清汰のバルーンレターの通知が来ることはなかった。
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