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翌日、清汰は学校からの帰り道
普段と反対のホームから、渋谷行きの副都心線に乗り込んだ。
ディスクガレージで昭和アイドルのレコードを引っ張り出してみたり
TSUTAYAの二階からスクランブル交差点を眺めてみたり。
まだ日も暮れていないのに顔を真っ赤にしたサラリーマンが、肩を組んで歌うエレファントカシマシを聞きながら過ごした。
清汰は始終ポケットの中で握っていたスマートフォンが震えたのを感じて
慌てて画面を確認すると、母親から着信だった。
「みりんが切れちゃったから帰りに買ってきてくれる? なにか好きなアイスでも買ってきていいよ、あ、もし買うなら二奈の分も買っておいてあげてね」
清汰は、今日は遅くなると口にしかけた後で、もう渋谷で時間を潰す方法がないと気が付いて「わかった、少しだけ遅くなるかも」と返事をしてから、駅に向かって歩き出した。
駅はまさに帰宅ラッシュの真っ最中で
都会の濁流が改札に雪崩れ込んでいた。
清汰もその流れに乗り込んでホームへ続く階段の前まで進むと、階段の中程で人の流れが二つに割れている事に気が付いた。
面倒に巻き込まれたくもないと迂回する人にならって、清汰も大きく迂回して階段を上ってホームに出た。
向かいのホームにすし詰めの電車が到着すると、窓に押し付けられた乗客と清汰の視線が交錯する。
思わず清汰が足元へ視線を落とすと、その先には踏みつけられてもみくちゃになった紙切れがあった。吐き捨てられたガムがへばりつき、珈琲か泥かわからないシミで汚れたそれは、今まさに清汰のローファーの下にあった。
そしてそこに手が伸びてきて、そのぼろぼろになった紙切れをぎゅっと掴んだ。
手の伸びてきた先には、薄いグレーのスーツを来た女性が、汗だくで微笑んでいた。
「すみません、このチケットたぶん私のだと思うんですけど、ちょっとよけてもらえませんか?」
丸い眼鏡は半分ずり落ちて、髪もくしゃくしゃで、紙切れに劣らずみすぼらしくなった女性が清汰に足をどかしてほしいと頼んでいた。
後ずさりするように清汰が足を持ち上げたと同時にホームに電車が到着した。
女性は紙切れを握りしめてじっくり何かを確認すると、安堵した表情を見せて、溢れ出すように下車してきた乗客の集団と共に渋谷の街へ消えていった。
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