#51 父であるなら

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#51 父であるなら

 けれども、すぐに我に返ったらしいご当主が何故か恭平兄ちゃんの方に、何故だか同情するような眼差しを向けていて。  それに倣うようにして、他の皆も一斉に恭平兄ちゃんへと注目してしまっている。  当の恭平兄ちゃんはなにやら気まずそうな面持ちで。 「……だから言ったじゃないですか? 菜々子は俺のことなんか兄としてしか見てないって。これ以上傷口抉られたくないんで、もう店に戻っていいですか?」  この場に居る私を除く全員に向けて、ブスくれた様子で悪態をついていたようだったけれど、私はそれどころじゃなかった。  その間にも、恭平兄ちゃんの言葉に、皆が示し合わせたように一斉に。 「どうぞどうぞ」  そう言って、店へと向かう恭平兄ちゃんの背中をなにやら複雑そうな表情で見送っていたけれど。  それどころじゃなかった私は、そんなことにイチイチ気を配っているような余裕なんてものも一切なかった。  なぜなら、今ここに居ない創さんのことがどうにも気にかかっていたからだ。  そりゃ無理もないだろう。  私から身を引こうと決めた創さんは、もしかしなくても、私のことをキッパリと諦めて私の前から去る前に、最後の想い出にと、この夢のような一週間を私と過ごしていたのだ。  そんなの気にならない訳がない。  否、現にもう既に居ないのだ。  昨夜だって、海外出張に行くと言ってもいたし。  銀製のカトラリーのセットをくれた時なんて。 『菜々子には、幸せになって欲しいんだ。そんな願いを込めて用意したモノだ。だから、遠慮なく受け取って欲しい。そして使うたびに俺のことを思い出して欲しいんだ』 あんなこと言ってたし。 ――創さんは、私とはもう二度と逢わないつもりでいるんじゃないだろうか?  今もこうしている間に、創さんがどこか遠くに行ってしまうんじゃないかって不安で押しつぶされてしまいそうだ。
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