第二章 交流戦

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「この選手さっき打ちましたっけ?」 「1打席目はツーベースヒット」 「このピッチャー投げすぎじゃないですか?」 「今73球ね。そろそろ交代かも」 スコアって凄い。今のゆいなさんに何かを聞いたらコンピューターのように正確な答えが返ってくる!  初めは記録なんか取っていても使う時なんかあるのかなと思ってたけど、試合を集中して見るに連れて使い時が分かってきた。  全員の成績なんて覚えてられないし、ましてや球数なんて数えられるはずがない。スコアって凄いかも。  まきが職場の男性社員と野球を見に行った時とは野球の見方が変わっている。  この前はただ誘われたから行き、ビールを飲みながら飲み会感覚で席に座っていた。正直試合内容はどうでもよかった。  しかし試合終盤になるにつれて、球場の盛り上がりと選手の緊張感。この局面でマウンドに上がるピッチャーの心理はどんなだろう。  一緒に来ていた社員はいつもの居酒屋ではなく、少し非日常な場所で飲みを楽しんでいるだけだったが、私はいつの間にかに野球観戦に引かれていた。だからこそ一度野球観戦をメインに野球場へ行ってみたかったのだ。  ゆいなさんと野球見に来れて良かったなと、まきが野球に誘った時のファインプレイを心の中で誉めているとスコアラーゆいなさんから、鋭い声が飛んできた。 「まきちゃん!さっき盗塁があった時、打者はストライクだった?ボールだった?」 「へ……。覚えてません……」  そう言われましてもそんなところまで見てないです……。 「ダブルスチールなんて珍しいから興奮して、スコア書くのに時間かかっちゃって。そしたらもう次の球投げててアウトになったからスクリーンのBSO表示も消えちゃって。あー、しまったなー」  ストライクでもボールでもどっちでも良いです……。とは言えないので違うベクトルの質問で話を濁す。 「ダブルスチールってなんですか?さっき二人盗塁したことですか?」 「そう。スチールは盗むって意味ね。だから盗塁」  野球が英語の勉強になりました。  しかし一球一球まで大事にスコア書いてるゆいなさんてやっぱりストイックだよな。  スリーアウトになり選手がベンチに引き上げている時は、ペンの走りが一層忙しそうだ。何やら球数を数えているらしい。  気づくとグラウンドから声が聞こえてきた。 「お願いします。ピッチャー大西に代わって寺島。代打の大村がそのまま入ってファースト。ファーストの松本に代わってライトに渡邉。ライトの塩見がセンター。センターの山崎に代わってセカンドに吉田」  ゆいなさんの言っていた球審の永川さんだろう。球場のスタッフあたりに選手の交代を告げている……が呪文すぎて意味不明だ。  ちらっと横のスコアラーさんを見ると形相を変えてスコアを書いている。今は話しかけてはいけないな。  少し経つと場内にも球審永川さんの呪文が綺麗なウグイスの声で変換されアナウンスされた。それと同時にスクリーンの文字が一斉に変わる。  思わず「おぉ」と声を出してしまった。よくわからないが選手の交代があったのだろう。 「この球審の永川さん、声が聞こえやすいでしょ。今みたいに同時に選手交代があるとスクリーン表示変わるの見てからだと、スコアが間に合わないことがあるんだよね。だから先に書き出せて助かる。それに「お願いします」って言ってから伝えるでしょ。球場スタッフへの配慮があって私はこの球審好きなんだ」  スコアを書き終えたゆいなが揚々と球審の話をしている。  全身黒い服を着てマスクを付けているジャッジマンのことなど気にも留めたことないが、違いがあるのか。  一軍の試合だと審判の声など聞こえないが、席も近くて静かな二軍球場ではこの声も聞こえるんだな。  今日は野球の裏側まで楽しめている気がする。
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