第二章 交流戦

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 天気予報ほど暑くならず、風もあって気持ちが良い。試合も終盤に差し掛かり、二軍戦とはいえ展開も楽しみになってきた。  次の選手のコールを聞いていると横のスコアラーさんのペンが止まり出している。不思議に思って顔を向けるとそのゆいなさんと目があった。 「お願いがあるんだけど、トイレ行きたいからスコア見ててくれない?」 「そんなこと出来るわけないじゃないですかー」 「それは分かってる。結果を覚えていてくれれば良いの。久々に声を出しながら野球見てたら水分摂り過ぎちゃって。すぐ戻るからお願い」 「雰囲気で良いなら覚えますよ。打ったーとか、投げたーとか」 「もう少し覚えてほしいかな……」 「冗談ですよー。半分本当ですけど。出来る限りは覚えておきますよ」 「ありがとう。こういう時に誰かがいると助かる。いつもは我慢かイニング間に走って行くかだから」 「私の記憶がパンクするまでに戻って来てくださねー」  まきの言葉を最後まで聞かずに小走りでゆいなさんが階段を降りていく。スコアブックを膝上に置いていたので立ち上がるのに時間がかかっていた。ペンは服に挟んであるらしい。  数球なら覚えられるだろうとまきが試合を見ていると、打球がセカンドの頭上にふらふらと飛んだ。セカンドが後ろに走りながら、風に舞う打球を追う。  それと同時にライトも前に突っ込んでくる。後ろ向きのセカンドの選手は減速し、追い付きそうなライトの選手がグラブを出す。ボールはグラブに一瞬入ったように見えたが地面にボールが弾んだ。  前に落としたのでセカンドの選手がすぐにカバーに入りボールを拾ったが1塁ランナーは3塁まで進んでいた。  はて、どう説明しよう。  まきが考えていると、スタンドから歓声が聞こえて何かあったと勘づいたゆいなが、階段を降りるときよりも早いスピードで戻ってきた。 「何があったの?」 「えっとですね、ライトがもう少しで取れそうだったんですけど取れなかったんです」 「ヒット?エラー?」 「……私が見るにヒットです」 「ライトのグラブには打球が当たった?」 「それは当たりましたね」 「じゃあエラーかな」  私の意見とは逆の結果をスコアに書き込んでいる。  うーん、黒ずくめの審判もしっかり見ておけば良かったかな。 「センターのスコアボードにあるEが1になってるからエラーだった。今日エラーなかったでしょ?」 「あそこに結果が出るんですね」 「そう。それとエラーの判定って難しいんだけど、外野は大抵グラブに打球が当たったかによって決まるのよ。内野はもっと複雑で審判の動きとか、スコアボードのランプを見ないといけないんだけどね。だけどスコアボードがない球場だと困るんだ。自分の判断でエラーか判定しないといけない時があってさ」 「エラーにもルールとかあるんですね」 「エラー判定がないと投手の成績が悪くなるからね。エラーでのランナーは自責点に含まれないから防御率も上がらないの」 「私がピッチャーで、味方がエラーして点取られたら絶対怒ります。でも成績はエラーを考慮してくれるのですね。ありがてー」 「まあそんなところかな」  そう言いながら少し息の上がったスコアラーさんは9Eとスコアに書き込んでいる。9はライトの守備位置でEがエラーなんだろうな。  そして1塁にいた6番打者の打席結果のマスに1塁から3塁まで進んだことを示す矢印が引かれた。その矢印の上に(7)と書かれている。  これは何なのか聞こうとしたが、まきはピンときた。これもしかしてフライを打った打者の打順番号ではないか?  7番バッターがエラーになる打球を打った時に、この1塁ランナーは3塁まで進みましたよと意味しているのではないか?絶対そうだ、私の野球脳は活性化中だ、冴えてる。  ゆいなさんはスコアシートを見返せばどんな試合も再現できると言っていた。確かにこれをみればエラー時のランナーの動きまで把握することができる。  スコア恐るべしかも。  
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