第三章 デビュー戦

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 スコアの基礎的な書き方を教えていると、スタメン発表の時間となった。  ゆいなはまきに教える手を一旦止めて、自分のスコアブックを膝上に広げる。それと同時にまきの目つきも変わった……気がする。 ――大変長らくお待たせしました。イースタンリーグ公式戦…… 「あのゆいなさん、真剣なところ失礼します。もしかしたらと思っていたのですが、ここってスコアボードとか無いんですか?」 「そう、ないの。だから耳で聞いておかなければいけない」 「いぇ……そんなの無理ですよーー」 「私も無理だから大体で名前書いておいて、後で清書するようにしてる。でもSNSとか見たら誰かが書いていたりするものよ。公式のメンバー表もそのうちアップされるだろうし」 「では私はペンを置いて、師匠の手捌きを観察しています!」 「それは気が散るから止めて……。あと、師匠って呼ばないで」 「えー、気に入ってくれてたんじゃないんですかー?だっていつもはすぐに注意するのに、最初師匠って呼んだときはスルーしてたじゃないですかー。てっきり嬉しいのかと」  少しだけ心を読まれていたのは悔しいが、それも野球場だからかもしれない。なぜか全てを許してしまいそうな空気がここにはある。 「嬉しいわけないでしょ。それにスタメン発表だからお静かに」  弟子の視線を気にしながら、今日のスタメン選手を耳で聞きながらシートを埋めていく。ただ私はスコアを額縁に入れたいほどに奇麗に書きたいため、別の紙に殴り書きをしてから後で丁寧に書く。  今日の審判までアナウンスされて、球場は一時的に静かになった。 「この紙いる?」  ゆいなは殴り書きした紙をまきに差し出す。 「欲しいですけど、ちょっと読めなさそうなので、清書したスコアを見せてください!」 「そうだよね……」  少し急ぎ気味で清書をしてまきに渡す。それを学生のノート写しのようにまきが記入していく。 「選手名の横にある三角マークはなんですか?」 「それは左打者のマーク。私も二軍の選手だと左右どっちなのかわからない時があるから選手名鑑見る時がある」 「私は全員わかりませーん」  再度黙々とまきコピー機が稼働していたが、途中でエラーを起こしたのか、私にエラーコードを知らせてくる。 「あの、この濱田って選手の"濱"の漢字難しくないですか……。拡大してほしいです。私漢字苦手なんで」 「確かにね。選手名のスペースも狭いから結構ぐしゃっと書くことある。ちなみにロッテにも高濱という選手がいるからお気をつけを」  スマホで"濱"の漢字を拡大した文字をまきに見せる。  一通り書くまでに時間を費やしたが、まきはスコアラーへの第一歩を踏み出したようだ。
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