第四章 乱打戦

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 このイニングの安打数を記録していると、怒りのこもった声でまきが話しかけてくる。 「ゆいなさん、前の人達うるさくてスコアに集中できないですよね。私注意しますから」 「あ、私は別に気にしてないよ。それに野球場だから静かにしろって強要することもできないと思うし」 「いえ、でも私が気になるんです!」  いつも可愛らしい口調で話しているまきが珍しく強い口調になっている。  話の的になっている前席の荒くれ物はビールを貰いに行ったのか離席していた。  続けてまきが言う。 「さっきランナーが溜まった場面があったじゃないですか。あの時前の人達が会話の切れ目で一瞬静かになった瞬間に、球場全体が静寂に包まれたんです。次の大事な一球に全員が集中しているあの静寂が凄い心地良かったんですが、それを下品な笑い声で平気でぶち壊してくるんですよ。でもまあそれは私個人のエゴかもしれないですし、ゆいなさんの言う通り喋るなとは言えませんが…。でも会話が汚いです。周りに子供もいますし。野球を見たかと思えば、下手だとかそんなんじゃ一軍に上がれないとか否定的なことしか言わないですし、少なくとも私は不快に思ってます」  野球場では笑みを浮かべながら写真を撮る人や、一軍の試合をスマホで見ながらの人、両軍の選手の話をしている人、そしてスコアを書く人と、いろいろな人が同じ球場にいる。  それぞれ違うことをしているように感じるが、全員に共通しているのは「野球が好き」というところだろう。  ここには時間を作って、アクセスも良いとは言えない二軍球場にまでわざわざ足を運び、お金を払って野球を見に来ることを選んだ人達で溢れている。  そんな空間で一つのボールを追いかけ観戦していると、なんだか一体感と幸せな感情を感じる。  ふと空を見上げると、平和な休日を過ごしているなと感じることもある。  楽しみ方はそれぞれだが、そんな人の気持ちを損なうような行動はしてはいけないと考えるのは間違っていないだろう。 「私も不快には感じてるけど、口論とかにはならないようにね」 「心得てます」  いきなり古風な表現になったまきが、はしゃぎながら戻ってきた四人組に声をかける。ピッチャーは既に先頭打者へ一球目を投じている。 「あの、ちょっといいですか?」  怪訝そうな顔で前の男が振り向く。 「声のボリューム落としてもらえませんか。ここはビアガーデンではなくて、野球を見るところなんです」 「なんだよ、別にどうしたって俺たちの勝手だろ!それに、」  するともう一人の男が食い気味に言葉を発する。 「あれ、まっきーじゃない?」
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