第一章 開幕戦

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 まずは打球方向。  ライトへのフライなのでライトの守備位置を表す数"9"をスコアシートの打席結果に書く。その数字の上にフライを表す山なりの線。  次にアウトカウントだ。この選手で3アウトになったのでローマ数字で3を表す"Ⅲ"を中央に記入。そして残塁がある場合は小文字の"ℓ"を記入。  ここまで書いてほっとしたのも束の間、このイニングでの投手の球数を数える。それと合わせてヒットが何本出たか、得点は何点入ったかなどを黙々と記入していく。  周りのファンがこのイニングの感想を口々に語る中、私は数字の計算と記入を済ませるのだ。この作業が終わってからやっと状況を振り返る。  今の打者はこれまで初球は振らず、投手に球数を投げさせていた。しかし今回はそこを逆手に取って初球からフルスイングしてきた。しかも今日一度も打っていない逆方向、つまり右方向に狙いを定めた。  バッテリーとの駆け引きには打者が勝っただろうが、ライトのファインプレイに阻まれた。というところだろう。  ここまでの状況を理解してあの一球を見ていた人は、この中にどのくらいいただろうか。  確かに守備の派手さがあって打者のことなど気に留めていないだろうが、打者は配球を読んでバットの芯でボールを捉えることに成功した。  それを考慮すると打者は負けていなかったのかもしれない。むしろ駆け引きには勝ったのだ。  しかし野球は結果の世界。アウトでチャンスを逃したことに変わりない。ただ、打者も少し誉めてあげてほしいなと思ってしまう。そう考えてしまう私は野球をする側には向いていないのかもしれないな。  ここまでの私の考察が正しかったのかはともかく……、この視点に気付くことができたのは紛れもなくスコアシートのおかげなのだと思う。  私もスコアシートを書いていなかったら、今日のこの選手の打席結果はおろか、球数を投げさせていたなどには気付かなかっただろう。  後で見返しても選手の一球ごとの結果や好走塁の記録まで細かに全てを確認することができる。それがスコアである。スコアって素晴らしい……。  試合は2-3でスワローズが勝った。二軍の試合なのでヒーローインタビューや、ファンが残っていわゆる"二次会"という名の応援歌を熱唱する光景は見られないが、帰るファンの顔は笑顔である。  負けた側はそうではないかもしれないが、二軍の試合だし若手の成長のためだと思えば少しは楽になるかもしれない。  一つ共通しているのは野球を観戦することができて楽しかったという感情ではないだろうか。  私は試合終了後にもやることがある。スコアの整理や、試合時間、投手ごとの投球回数や三振の数を改めて記入してやっと私もゲームセットだ。  ここで私がスコアシートを書いていて最高の瞬間が訪れる。それは全て埋まったスコアシート全体を眺めるとき。全てのマスを埋めきったスコアシートを、腕を前に目一杯伸ばして眺める。 「なんて美しいスコアなんでしょう……!うん、今回もそれっぽい!」    選手名と結果を表す記号の並び、鮮やかな色で描かれた線達。まだスコアを書いて間もないのでプロのようには書けないが、とてもそれっぽく見える。  あー、額縁に飾ってあげたいよ!  そんな気持ちでスコアシートをニヤニヤと眺めながら帰路につくのだ。  野球って最高だな。
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