第四章 乱打戦

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――試合終了でございます。本日のゲームは……  最後の三振と共にアナウンスが響く。それと同時に観客は野球観戦モードが解けたかの様に、それぞれに動き出す。  ゆいなは最後の仕上げに記録の集計をする。  そして一通り書き終えると、腕を前に目一杯伸ばして眺める。  するとゆいなの喉元まで出かかった言葉が、一足先に左耳から聞こえてくる。 「なんて美しいスコアなんでしょう……!うん、今回もそれっぽい!」 「まきちゃん、それ私の台詞なんだけど……」 「へへ、だってゆいなさん、いつもスコア書き終えたらそうやって目を輝かせるんですもん。いつも気持ち良さそうだなと思ってたので、今回は私がアテレコしてみました。あ、尊敬の念を込めてのアテレコですからね!?馬鹿にしてとかではなく!」 「それはわかってるから安心して。私の心の声が別のところから聞こえたから驚いただけ」 「じゃあ今度は私の心の声をゆいなさんがアテレコしてください」  そう言うと、ゆいなと同じような所作で、スコアブックを持った腕を前に目一杯伸ばして眺める。  ゆいながそれを見て声を吹き込む。 「なんて美しいスコアなんでしょう……!うん、今回もそれっぽい!わーーい!」 「わーいまでは私言いませんからー」 「ごめんごめん、まきちゃんならこんな感じかなと思ってね。馬鹿にしたんじゃなくて尊敬の念を込めてだからね」 「それさっき私が言った台詞ですよねー。むー。でもゆいなさんなら許します!」  そう言いながらまきは楽しそうに笑い声を上げる。  それと一緒にゆいなも笑い声を上げる。  こんなに心から人と会話を楽しんで笑ったのはいつぶりだろうか。野球のスコアを書いていて良かったと思える瞬間かもしれないな。 「あ、そろそろ球場出ないといけませんね」  スタッフが退場のアナウンスを始めだしていた。スコアシートをバッグにしまい立ち上がろうとすると、前から力弱そうな声が聞こえる。 「な、なあ、最後にLINEでも交換しない?今度は一緒に野球見に行こうぜ。……ほら野球も教えてほしいさ」  守備妨害の件から大人しくなっていた坂本が下手にでながら声をかける。まきは堂々と答える。 「いいえ、行きませんし教える気もありませんので。それに私にはゆいなさんがいますから、さよならー」  なぜか私の名前を出されたが、悪い気はしない。  まきは荷物を持って立ち去ろうとしたが、ふいに後ろを振り返った。振り返る前と後では表情が180度変わって可愛らしい笑顔に変わっている。 「ポンセ選手、あの件はありがとうございました。またどこかで会えると良いですね!あ、今度はスワローズが勝ちますからねー!でもナイスゲームでしたー」 「ナイスゲーム、センキュー!グットラック!」  ポンセが急に英語になった。なぜだ。ポンセだからか……。  そう思っているとまきは出口へ歩みを進めていた。ゆいなもそれに続く。  坂本には最後まで強気な表情で、優しい人には笑顔で優しい表情で。  まきのこの緩急が私は好きなのだ。
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