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朝、目覚めると昨晩とは全く違う世界が広がっていることがある。
今日がまさにそうだった。
いつものようにスマホのコール音で目が覚めると、部屋の中が紅葉だらけになっていたのだ。
私は寝ぼけ眼でしばらくの間、この様子を眺めていた。
「ああ、夢かぁ」
そんなことを言いながら、試しに自分の頬をグイッと抓ってみたら、意外なほどに痛くて思わず悲鳴を上げてしまった。
「み、み、三国さん! 紅葉、紅葉!」
私が頬を擦っていると、浅香さんがノックもせずに私の部屋へとやって来た。頭にアホ毛が付いているし、髪をポニーテールにしていないところ見ると、起きたてほやほやらしい。
「わわ、三国さんのところも紅葉だらけじゃん!」
浅香さんはそう言って、オロオロしている。その様子が、私に一抹の不安を覚えさせた。
浅香さんと私は、一緒にいるとなぜか不思議なことが起きてしまうという変な体質を持っている。ただ、目の前で同じ現象を経験していても、その対応の仕方はかなり違う。
私なんかは不思議なことが起こると、すぐに逃げ腰になってしまうのだけれど、浅香さんは割と暢気に笑って、不思議な現象を丸ごと楽しんでしまおうとする傾向が強いのだ。
そんな浅香さんが、今日はなぜか無茶苦茶オロオロしている。いつもなら、わぁ、紅葉だぁとか言って笑ってるはずなのに。
その様子にイヤな胸騒ぎを覚えて、私は弾かれたようにベッドから立ち上がると、慌てて部屋の外へと出たのだった。
「うわっちゃぁ……なにこれ……」
私は自室からリビングに移動して、思わず呻いてしまった。
私の部屋からリビングに至るまでの廊下もそうだったのだけれど、リビングにも、これでもかというほどに大量の紅葉が敷き詰められていたからだ。
文字どおり足の踏み場もない、という感じで、テーブルやテレビ台の上にもタップリと紅葉が積もっていた。
「実は、台所やお風呂場なんかもこんな感じで……」
「私たちの部屋全部がこうなっちゃってるってこと?」
「た、多分」
浅香さんは本当に困った、というような顔をして首をコクコクと縦に振った。
確かに、これだけ部屋いっぱいに紅葉が積もっていたら、楽しむどころの騒ぎじゃない。それこそ、生活すらままならないんじゃないかと思えるレベルの深刻な状態だ。
「ムゥン、これはもう掃除するしかないなぁ」
私はそう呟くと、台所へと向かった。その後ろを浅香さんもついて来る。
台所も紅葉だらけだったけれど、何とか物入れから四五ℓのゴミ袋を数枚を発掘すると、その一枚を浅香さんに渡した。
「はい、じゃあ浅香さんは台所の紅葉を集めて。私はリビングの紅葉を掃除するから。今日は大学もないし、一日かけてお掃除しよう」
「ええ、マジで……」
浅香さんはゴミ袋を受け取りながらも、なぜかイヤそうな顔をする。彼女がお掃除大嫌い人間なのは知っているけれど、ここは心を鬼にするしかない。
「浅香さん? こんな紅葉だらけじゃ朝ご飯も食べられないでしょ? 不思議な現象はいつまで続くか分からないんだから、この状態が後数日続いたら、間違いなくマズいよ。とりあえず、できるだけ掃除をしながら、様子をみよう。八時半くらいになったらご飯を用意するから、それまではゴミ袋に紅葉を入れてこ。オッケー?」
「ウウ……はぁい……わかったぁ……」
浅香さんは渋々と言った体で頷くと、ゴミ袋に台所の紅葉を入れはじめたのだった。
それから一時間の間、私たちは黙々と、部屋の中に積もっている紅葉の山を集めてはゴミ袋に入れる作業に没頭した。完全に年末の大掃除だ。
「もう、何だってこんなのが降って来るかなぁ。久々に不思議な現象がイヤになりそう」
私はブツブツ言いながら、ザッザッザッとリビングの紅葉をゴミ袋に入れて行く。
そうやって作業を続けていると、八時半頃になって、浅香さんがドタドタとリビングに戻って来た。その顔はなぜかニコニコだ。
「三国さん、紅葉が消えた!」
「えっ、消えたの?」
私はビックリして、思わず足元の紅葉を見た。すると、まるで雪が溶けてしまうかのように、周りに積もっている紅葉が滲みはじめた。その様子にハッと息を飲んだ時には、もう紅葉は跡形もなく消え失せていた。
さっきまで紅葉を入れていたゴミ袋の中も確認すると、こちらも空っぽになっていた。
「助かった……。でも、徒労感が凄い……」
私は思わずその場に膝をついた。こんなことなら掃除をしなくてもよかったかも知れないと思うと、余計に紅葉が恨めしい。
「まぁまぁ、紅葉だらけのまま暮らすよりは全然マシじゃん。それより、朝ご飯を作りに行こうよ。私も手伝うからさ」
「う、うん。そうだね。ありがとう」
私はそう言うと、ハァっと大きく溜息を吐いて立ち上がった。
「浅香さんのそういう引きずらないところ、もう少し見習いたいな……」
「ほえ? 何か言った?」
「えっ、ああ、いや、何でもないよ」
私は首を横に振ると、浅香さんにならって、紅葉のことはクヨクヨ考えないことにした。
そして、朝ご飯を作るために、浅香さんと一緒に台所へと向かったのだった。
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