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「スケッチブックはどの色にしたんです?」
「ええとね、ワインレッド、ネイビー、濃いグリーン、あとね、黄色のも」
「それって全部じゃないですか」
「小さいのだから大丈夫よ」
「僕が持つんですよね」
石田さんが苦笑いをしました。
「写真はよろしいんですか?」
「ええ。もう見たいのはタブレットに入れちゃったの。すごい?」
「はぁ」
「絵を描く時にもこれを使えばいいのにって思う?」
「少し」
「正直ねぇ。実は私もちょっと挑戦したいなとは思っているの。でもねぇ」
「難しいです?」
「そうなのよ。娘はパソコンに詳しいのに、絵の描き方は全然わからないって言うんだもの。今度の旅先でこういうことに詳しい人に、ばったり出会わないかしら」
「はぁ」
「それにね、実は手で描くのもやっぱり悪くないなって思っているの。仕上がりにけっこう味わいが出るのよ」
「わかります。とてもよくわかりますが先生、手が止まってます。あまりゆっくりしていると、寝る時間がなくなります。寝坊したら明日の列車に間に合わなくなります。そうすると」
「ねえ、いっそのこと夜の列車に変えてしまいましょうか」
「先生が言ったんじゃないですか。お昼の明るいうちに出発したいって」
「それはそうだけど」
「変なところで時間を引っ張ると後の予定が詰まります。できれば」
「うん。後でのんびりした方が絶対に楽しい! そうよ」
「ですよね?」
里美さんは旅行の仕度を終えました。石田さんを玄関先まで送ります。
「明日、麻衣さんは見送りに来られます?」
「ええもちろん。休みを取ってくれているのよ」
「良かったですね」
麻衣さんは、のんびり屋の里美さんの子供なのに、しっかり者でテキパキとした娘さんです。掃除やお片付けも、里美さんが留守の間は麻衣さんがやってくれていたのでした。
(今回ぐらいはあの子にゆっくりしてもらわなきゃね)
翌朝。迎えに来た石田さんがぼやきます。
「先生、今更ハタキかけないでくださいよ。せっかく床ふいてあるんですから」
「え~でもほら、窓のとこ、まだ少し残ってるし。麻衣にもちゃんとしたとこ見せたいんだもの」
「先生のお部屋の埃はですね。もう何年にも渡って積もっていたものなんです。たった1日で完璧にはなりませんよ。また手伝いに来ますから。今度は力自慢の同僚を何人か連れて。ほら、あと1時間半で出ますよ」
「あら大変。お化粧とお気に入りの帽子とハンカチと」
「はい。残りの時間でおしゃれに全力を注いでください」
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