ある羇旅

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「ねーえ、やっぱり靴、こっちの方が」 「おんなじですって!じゃあ今はそちらを履いて、こっちの靴も持って行きましょう。はい!貸してください!行きますよ!先生鍵!鍵かけてっ」 里美さんがお家の鍵を閉め、石田さんが荷物を担いで走ります。 「僕が汽車止めときますからね!先生は早歩きで来てください。いいですか?絶対走っちゃダメですよ?でも僕のこと見失わないでくださいよ?」 「間違いっこないわ。そんな明るいオレンジ色のバック、他に持ってる人いないもの」 「お母さん早くーっ」 駅に来ていた麻衣さんが、里美さんを見つけて手を振っています。 「麻衣ちゃん!会いたかったわ~」 「奇跡だ。5分前に着いた‥‥‥」 「石田さんお疲れ様。本っ当~に良かったわ。駅がお母さんのお家の前にあって」 「ほんとですね~」 ハンカチでしきりに汗をぬぐいながら、石田さんが語尾に力を入れました。 「ごめんなさいって。そんなに睨まないでくださいな。麻衣ちゃん、またお留守番お願いね。そうそう!素敵なプレゼントも置いてきたわよ」 「お母さんのプレゼント……また何かぶっ飛んだものじゃないわよね?」 麻衣さんは笑います。 「ワクワクするって言ってよ。大丈夫。ちゃんと良いものよ」 列車が入ってきました。 「それじゃあまたね。行ってきます」 いつものように、里美さんが麻衣さんをハグします。少し恥ずかしいけれど、麻衣さんもハグをし返します。 「私のお部屋ちょっと寒いけれど、風邪をひかないでね。それからね」 里美さんはややためらった後に言いました。 「ふたごちゃんによろしく」 ―――――― 「え?」 麻衣さんは目を覚ましました。 網戸から見える澄みきった青い空の中を、雲が気持ちよく流れて行きます。 「ママ、ねんねしてた?」 「ママ、夢みてた?」 小さな男の子と女の子が、ブランケットの中からちょこんと顔を出しました。 「あなた達がかけてくれたの?ありがとう」 3人でブランケットにつつまりながら、麻衣さんがにっこり笑います。 そろそろお昼の時間でした。 「ナポリタンにしようか」 ちびちゃん達がバンザイをしました。 「そのあとでおばあちゃんのご本も読んで」 「了解」 3人はソファから降りました。 フライパンを動かしながら、麻衣さんは思い出します。 あの日、病院でも、そろそろお昼ご飯をのせたワゴンがやって来る時間でした。 けれど、里美さんはもう食べることはできませんでした。 暖かい風が、カーテンをゆっくりと揺らします。
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