57人が本棚に入れています
本棚に追加
速足で駅に向かっている自分に気づいて、なんだか笑いたくなった。勉強なんてしたくないのに、なぜこんなに急いで家に向かっているんだろう。
初冬の街並みはどこかせわしない。周りの急ぎ足につられるように、足は勝手に急ぎ、俺を連れて行く。家に近づけば近づくほど、心を圧迫してくる、わけのわからない感情などお構いなしに。
7時3分前。ギリギリでどうにか家についた。玄関の前ではあ、と大きなため息をつくと、白い息が広がって消えた。
ああもう冬なんだな、なんて思いながらノブを引こうとしたら、内側からすごい勢いでドアが開いた。
思わずわっ、と声をあげてあとずさった。中から顔をだした人と目が合う。
「ああ! よかったあ。貴大くん、やっと帰ってきた! そのあたり探しに行こうと思ってたんだ」
俺をみて、安心したようにニコニコ笑うひと。
彼女を見た瞬間、きん、と冷えた夜の空気がいきなりそこだけ溶けて、ふわっと温まった気がした。その熱が瞬間移動してきたみたいに、体温があがる。その感覚に気づかないふりをして、あっさりした口調で答えた。
「……そりゃ、ちゃんと時間には帰ってきますよ。琴美さんのカテキョ、忘れるわけないでしょ」
彼女を見下ろす。いつもながら妙に存在感はあるくせに、華奢で小さい。
まず俺より2 0センチは背が低い。小さな顔にちょこんとついている、ボタンみたいな丸くてつぶらな瞳も小さい。素で、ほんのり紅いおちょぼ口もミニサイズ。とにかくすべての造りが小さい。
さらに、いまどきめずらしい黒髪を、前髪ぱっつりのボブカットにしているから、俺より年下にみえる。可愛いといえば可愛いけれど、色気とは対極。これで五つも年上っていうのだからおかしくなる。勝手に緩んでしまいそうな口元を引き締める。
けれど琴美さんはそんな俺に構う様子もなくニッと笑うと、こちらの腕を掴んだ。
「さ、勉強するよ!」
「ええ! ちょっと待って。今帰ってきたばっかなのに。少し休ませてよ」
「ダメダメ。勝手に遅く帰ってきたのは貴大くん。ほら、早く」
小さいくせに力は強い。ぐいぐいひっぱられて、慌てて脱いだ靴はひっくりかえってしまった。母親がまた小言をいうだろうな、と頭の隅で考えるけれど、琴美さんにそれを言う気になれなかった。
俺の腕を掴んで、なんだか楽しそうにずんずん階段を登っていく、琴美さんの勢いを削ぎたくない、なんて思ってしまったから。
最初のコメントを投稿しよう!