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勉強部屋にはいると、肩を押してどすんと、椅子に俺を座らせた。そうして横に立った琴美さんは、小さい身体を大きくみせるように仁王立ちして、見下ろしてきた。
「さてと。じゃあ今日は何からやる? あ、もうすぐ期末テストだから、何かやりたい科目があったら言って」
「……うーん。なんでもいいや。琴美さんに任せる」
苦笑しながら適当な感じでそういった俺を、彼女は軽く睨んだ。
「だめよ。もう高校生なんだから、人任せにしていたら人生、生き抜いていけないよ? 自分で決めないと」
真面目な顔をしてそんなことを言う彼女に、思わず吹きだしてしまう。
「そこで人生とか説いちゃう?」
茶化そうとしたのに、ぎゅっと眉間を寄せ、真面目にうなづかれてしまった。
「選択が積み重なって人生ができていくんだから、いい加減にしちゃダメ。勉強でも、友だちでも恋人でもなんでも」
例のつぶらな瞳をさらにまんまるにして、まっすぐこちらを見てくる。兄貴から、俺がちゃらちゃら遊んでいる、みたいな話を聞かされているに違いない。ため息をつきそうになった。
琴美さんは兄貴の後輩だ。俺の成績が悪いと心配する母親に、いい家庭教師になりそうな後輩がいるから、と兄貴が連れてきたのだ。
真治の後輩と言うから、絶対男だと思っていたのに、やってきたのは中学生みたいな顔をした女子大生、琴美さんだった。
兄貴は国立大理工の大学院卒。琴美さんは同じ理工の学部生(院生に対して大学生は学部生、というらしい)でゼミの後輩。だから、中学生みたいな顔をしていても優秀なのは間違いない。
意外ではあったけれど、俺とすれば暑苦しい男より女子大生のほうがいいに決まっている。けれど、ウチの母親は彼女に俺の家庭教師が務まるかどうか懐疑的だった。
アタマはともかく、顔は上等、愛想も良くて口も達者だから、年齢を問わず女の子は俺に丸め込まれてしまう危険性がある。男子学生の家庭教師はいないのか、と真面目な顔をして母親が兄貴に詰め寄った時はげんなりしてしまった。
相変わらず俺は、母親からしたらいつまでたっても心配の種、出来の悪い末っ子だ。
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