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「モヤモヤする……」
西日が差し込んでいた、小さな四角い窓は気づいたら暗闇に塗りつぶされていた。世界から切り離されて夜に埋もれた部屋。そこに染みのように俺の声がぽとりと落ちて響いたから、びっくりした。
耳に残るその声をかき消すように勢いよくベッドから起き上がって、ヘッドボードに置いてあるペットボトルを掴む。半分以上残っていたミネラルウォーターを一気に煽った。
「何、なに? モヤモヤ?」
横でうたた寝をしていた優香が、寝ぼけた声のまま腰に抱きついてきてた。独り言を聞かれてしまったらしい。
ため息をまたひとつ、のみこんでから振り返る。眉をへの字にして起こされた不機嫌さが漂う優香に、ニッコリ笑ってみせた。
「なんでもない。それより俺、そろそろ帰んなきゃ」
腕時計を見ると、18時過ぎ。もうここを出ないと間に合わない。優香が回してきた腕を邪険にならない程度に振りほどいて、部屋の灯りをつけると、たいした光でもないのに、眩しさが刺してくるように感じて、思わず目を細めた。
「え。もう帰るの? 親、まだ帰ってこないしもう少し一緒にいてよ」
ようやくちゃんと目がさめたらしい。優香が拗ねた声で甘えてきた。
「悪い。俺、今日7時から家庭教師なんだ」
ベッドの下に放り投げた白いシャツを拾って着る。しわだらけでくちゃくちゃ。今の気分に似ている。でもそんな状態でも袖を通してしまえば、とりあえず肌に馴染む。
「なにタカヒロ、カテキョなんてやってんだ」
優香の、どこか間延びしたその声に笑ってうなづいた。
「まあね。成績悪いから、親にむりやりつけられた」
「へえ。意外に真面目」
キャミソールとショーツだけという、男からみたら最強の挑発姿。それを灯の下、惜しげもなく晒して優香がふふんと笑う。
ベッドにまたごろんとねころんで、俺を見上げている優香は、もしかしたら誘っているつもりなのかもしれない。けれどその姿は色っぽいというより冬眠から醒めたクマみたいだな、と少し可笑しくなる。
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