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 オレは以前待ち合わせした公園へ、松葉杖をついて歩いて行く。  ゆっくりと、少しずつ。  露草の奴は、意外と良心的だったようで、オレ達の骨を折る時綺麗に折っていてくれたらしく、そのおかげで治りも早かった。  なので赤丘達の骨はみるみる内に回復して行った。けれど、オレとやり合った時に、オレの骨の折り方等考える余裕は無かったようで……オレだけ少し雑な折られ方をしていたそうだ。だからオレの怪我は治りが遅い。  露草(あの野郎)……  そんな風に、露草に対して憎しみめいた思いを心に宿しつつ、公園が見えてくると、そこで一人の女性の姿がぼんやりと見えて来た。  白川那由だ。  もう着いていたのか。  向こうもこちらに気付いたのだろう。慌てて駆け寄って来た。 「だ、大丈夫!? そんな……無理しなくても良かったのに!?」  那由はめちゃくちゃ心配してくれた。有り難い……可愛い。今日の私服もめちゃくちゃ可愛い……  でも、心配させるだけってのも悪いな。少しは安心して貰おう。 「あー、大丈夫。これ、見た目だけで殆ど治ってるから。念の為の松葉杖」 「そ、そうなの……? …………本当にぃ?」 「うん、本当にほら」  オレはアピールとして、シーネ固定包帯ぐるぐる巻き右足にて足踏みしてみせる。  うん、痛くない。  松葉杖必要ないんだよなぁ……医者がどうしてもって言うから使ってるけど……正直、邪魔だな。 「む、無理しなくて良いよ! 分かった、分かったから……!」 「ん? そうか、分かってくれて何よりだぜ!」 「もう……骨折を甘く見てたら痛い目見るよ……長引いても知らないから」 「大丈夫大丈夫! オレ、医者が驚くぐらいの骨のくっつきっぷりだから」 「でも松葉杖は必要って言われた訳でしょ? なら、まだ右足に負荷は掛けちゃいけない事なんじゃ……念には念よ。ちゃんと右足を庇って歩く事! 分かった?」 「………………」  その……両腰に手を当て、説教臭く注意をしてくれる様は、正真正銘――妻であった一色那由そのものであった。  当然か……だって白川那由と、妻であった一色那由は同一人物なのだから…… 「返事は? 曇くん」 「お……おう……」 「んー? どうしたの? いきなりボーッとして……」 「い、いや……何でもねぇよ。と、とにかく! そろそろ本題に移ろうか! 那由、お前の困り事って何なんだ?」  そう、オレは今日、怪我を見せびらかす為に那由と会う約束を交わした訳では無い。 『露草組』事件の時――答えが見つからずに頭を抱えていたオレに、那由は大きなヒントをくれた。那由のおかげで、答えに辿り着けたと言っても過言ではない。  あの電話の後、すぐに青島から電話が掛かって来た事や、露草本人が動き出したという事から……正直言って、那由と電話して答えを見つけ出せていなければ、オレは今頃……昔のオレのまま露草に挑み、ボロ負けしていた事だろう……ひょっとしたら、今の様な平穏な日々には戻れなかったかもしれない……うん、そう考えるとゾッとするな……  そんな訳で――オレは那由に大きな借りがあるのだ。それを返すべく、オレと那由は会う約束をした訳だ。 「うーん……ここで話すのもなんだし……先にお昼ご飯食べに行かない?」  那由は少し考える様子を見せた後、そんな提案を持ち掛けて来た。  ここでは言いづらい事なのか? それとも単にお腹が空いているだけか? どちらにせよ、那由がそう提案して来たのだから、オレとしては断る理由が無い。  何せオレは今日、一日フリーなのだから。時間はたっぷりある。……オレの方は――の話だが。 「良いぞ、なら話はそこでだな。何食べに行く? 前行ったラーメン屋か?」 「ううん、今日はねー、寿司が食べたいな」 「寿司?」 「うん、寿司」 「寿司って、あのお酢の効いたご飯の上に魚の切り身が乗ってる……アレか?」 「うん、お寿司」 「ひょっとして……お高い所じゃないだろうな?」 「もちろん、私達お互いに学生だよ? そんな高い物食べられる訳ないじゃん。普通の回転寿司だよ」 「確かに。なら良かった」  そう、流石に高い寿司屋でのお会計を支払い終える自信はない。  どうやらそれは那由も同じのようだ……  普通の回転寿司――よし、それなら大丈夫だな。 「良かったって……何が?」 「ん、お金の問題だよ。回転寿司なら、充分払えるから」 「そんなにお金ないの? 別の場所にする?」 「いいや――那由にはこの間お世話になったから……そのお礼にちょっとな」 「お礼? どういう事?」  那由は、キョトンと首を傾げる。  ま、ここで答えを教える必要はないし、むしろ気付いてくれていない方が有り難い。 「何でもねぇよ。さ、行くぞ」 「……うんっ!」  こうして……オレと那由は回転寿司チェーン店へ向かって、並んで歩き出した。  オレは松葉杖をつきつつ……那由は、そんなオレに合わせてゆっくりと歩いてくれている。  前回のデートも思ったけど……  やっぱり、那由と並んで歩いていると……未来を思い出すな。  未来の嫁――一色那由とも、よくこうして並んであるいたものだ……懐かしいな……  ん? 懐かしい? 懐かしい、は……おかしいのか? だってオレは…………いや、この時代に来て、もう二ヶ月以上経つのだから、そうなれば……懐かしい、でも合っているのか……? けど……何なのだろう……この、懐かしく思え過ぎてしまう。この感じは……まるで…まるで――  タイムスリップする以前から――オレはこうして、那由と並んで歩くのを、懐かしんでいた……そんな感覚だ。  いや、オレと那由は夫婦だったのだから……そんな訳が……うーん…… 「? どうしたの? 曇くん。難問を目にした時のような顔しちゃって」 「……い、いや。何でもない……ちょっと、考え事をな……」 「考え事? でも、あの件は解決したんでしょ? 確か、四色皇帝とか言う……」 「ああ。その話はもう終わった。今のは、ちょっとした別件だ」  そう……完全なる別件。  ひょっとしたら、考え事ですら、無いかもしれない、オレの気の所為、気の迷い…………そうだ、きっとそうに違いない。  きっと那由に久しぶりに会えたのが嬉しかったから、ちょっと頭がおかしくなっちまっただけに違いない。  うん、そうだな。それなら、納得だ。 「別件って……また何か喧嘩に?」 「いやいや、そんなんじゃねぇから! 安心しろ!」 「本当ー?」 「マジマジ! 本当本当!」 「そうなのー? ふーん……で、何に悩んでいたの?」 「え? 言わなきゃダメか?」 「ダーメ。この前の……【四色皇帝の一件】が言えたのなら、もうどんな悩み事だって、私に言えるでしょ。さ、言って」 「ま、そ、そりゃそうだが……」  でもこれは、神の試練のルールに触れちまうから……ま、当たり障りのないように答えれば、きっと大丈夫だろう…… 「さ、言って」 「別に……何でもねぇ悩みだよ」 「何でもない悩み事なら、尚更言える筈だよね?」 「ああ、何て事ねぇ――――これから先、未来への悩み事だよ」 「未来って…………ぷっ、何それ」  那由がケラケラと笑う。  本当に、不思議なんだよなぁ……これ程まで無邪気に笑う那由が、何がどうあればあんな風に変わってしまえるのだろうか? あんな風に……  他人を信用する事に臆病――になれるのだろうか? 「あー! また、何か思い詰めたような顔してるー! ダメだよ、私といる時は、余計な事を考えちゃ! 明るく行こう!」 「………………そうだな!」  白川那由の言う通りだ。  今、あれこれ考えるのはやめておこう。  今は楽しもう――明るい那由と一緒にいられる、今の、この時間を……
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