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興奮冷めやらぬ中、なんとか記者会見、テレビ局の人への挨拶などを終え、代理のマネージャーが運転する車で帰路についたのは3時過ぎだった。帰路と言っても、明日からしばらくは東京での仕事が詰まっているので、引き続き東京でのホテル住まいが続く。車に乗り込むなり即座にスマホを取り出しラインを開く。おびただしい数の通知をスクロールし、迷わず大樹とのトークを探す。
トークを開く。
<このユーザーは退会しました>
「…」
思考停止になり、スマホを握りしめて固まった俺を不審に思ったのか、相方が俺の手から勝手にスマホを取り上げた。
「ああ…マジか」
「どうしよう…」
「お前、普通に携帯で電話かけろ」
いつもはクールすぎて冷血人間とからかうこともあるが、こんなときばかりは相方の冷静さに感謝する。慌てて電話をかけると、プルルルルと呼び出し音がなる。永遠にも思われるような長い時間のあと、かちゃ、と音がした。
「もしもし、だい…」
期待は無機質な音声にかき消された。
「おかけになった電話番号は現在使われておりません」
俺は全身の血の気が引いていくのを感じていた。
そんな。嘘だ。まさか。
「なんで…」
「もしかしてですけど…マネージャーさん、なにか知ってるんじゃないですか?」
相方が冷静な声で尋ねると、それまで黙りこくっていたマネージャーが息を吞む音が聞こえた。
「…」
沈黙はそのまま答えだった。俺はマネージャーに向かって叫んだ。
「大樹はどこにいるんですか!」
「…そこまでは、わかりません。でも、先ほど事務所宛に無記名のメールが届いて、一ファンに戻ります、5年間ありがとうございました、と。おそらくですが小田さんからのメールだと思います」
俺は目の前が真っ暗になった。
「先ほど…?」
「ええ」
重苦しい空気が満ちた車内で、相方が聞いたことがないほど暗いトーンで小さくつぶやく。
「俺たち…捨てられたんか?」
俺は黙ったまま、ポケットに入れた指輪を思い切り握りしめた。
意気消沈している俺たちに、マネージャーは冷たく告げる。
「…小田さんは一般の方ですから。お二人とは違います。これからは仕事も倍以上になりますし、あまり一般の方に入れ込み過ぎないほうがいいです」
「もういい。ここでおろしてください」
俺は車のドアを無理やりこじ開けようとした。
「ちょっと、古川さん!何やってるんですか、危ないです」
「大樹に会いに行くんや!今行かないと間に合わへん。頼む、行かせてくれ」
マネージャーは悲鳴を上げたが、高速道路なので停車もできない。うわごとのように繰り返し、窓を開けて無理やり降りようとした俺の腕を、相方が思い切りつかんだ。
「あほ!あかんに決まってるやろ!」
「でも…」
「お前、大樹の行先知ってんのか?」
「…知らんけど、でも、見つける」
「そんなんできるわけないやろ?日本って広いんやで?」
「…」
黙りこくったままの俺に、相方が大きなため息をついた。
そして、マネージャーに聞こえないように小声でささやく。
「ええか?冷静になってよく考えてみい。お前がこのまま明日からの仕事を全部なげだして、もしあいつを探し当てたとしても、あいつは絶対喜ばへん。わかるやろ?」
俺はうなだれたままうなずく。
「大樹はもうファンやめますって言ってるんやない。一ファンに戻りますって言うてる。せやから、これからも俺らの動向はチェックしてくれるはずや。もしかしたらそのうち、俺らのライブに来てくれるかもしれん。せやから、俺らにできるのは、とにかく全国回ってライブして、あいつを見つけることしかない。落ち込んでる暇ないで、大樹見つけるんやろ?」
「…」
「変に探しても意味ない。俺らにしかできない正統派のやり方で、探し出さなあかんねん」
俺はうなずいた。もう一縷の望みにかけるしかないのだとわかったのだ。
大樹が5年前、俺たちのことを見つけてくれたから、すべてが始まった。次は、俺たちが大樹を見つける番なのだと。
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