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富士山ドラゴンズがコメワンで優勝した日から、5年が経った。 2人の人気はたちまち全国区になり、今や知らない人はいないほどの有名漫才師になった。 ツッコミ担当の長谷は、1児のパパとして育児に奔走する日々を綴ったツイートが話題になった。 ボケ担当の古川は、自身の求める笑いについて赤裸々に綴った「笑いのこと」というエッセイが大ヒットし、文筆家としても活動の幅を広げている。 賞レースで優勝すると、バラエティ番組への出演がメインになり舞台での公演が少なくなる芸人も多い中、彼らは舞台重視の姿勢を崩さず、多忙な日々の合間を縫って、全国津々浦々の小さな会場を回りほとんど採算度外視でのライブを続けていた。また東京での仕事が多いにもかかわらず、事務所に何度説得されても応じずに「思い出の土地だから」と大阪に住み続けていた。 そして2人とも笑いへの貪欲さは全く衰えず、若手も驚くほどの熱量で漫才の更なる進化を求め、漫才界を牽引し続けている。 ちなみに、古参ファンの間では売れない2人を支え続けたある男性一般人の存在は周知の事実であり、さらに古川があるギャグだけを手掛かりに、彼をずっと探しているというのも有名な話である。 そして、今日も2人はある田舎の会場でライブをしていた。 「それでは、全国ツアー第185回目!今日もよろしくお願いします!!」 「今日は富士山の見える会場ということでね、富士山ドラゴンズとして縁を感じますねえ」 「今日も頑張って漫才していくぞ~って気合い入れても、もう時すでにお寿司!」 いつもの定番ギャグ。普段ならここで静寂が満ちてスベって、相方に突っ込まれて会場の笑いを誘うのが流れになっている。そして、今日もまたいない、ということに気づかされ、気持ちを切り替えるのが常だった。 しかし今日ばかりは違っていた。 「ハハハハハ!」 1人の笑い声が聞こえたのだ。こらえきれずに、つい溢れてしまったというような、男性の笑い声。 劇場で、ライブ会場で、3人での作戦会議で。数え切れないほど何回も聞いたその笑い声の持ち主を、俺は知っている。 お客さんの顔がうまく見えないのは、客席の照明が暗いからだけじゃない。視界がどんどんぼやけていく。会場のどよめく声が聞こえる。そうだ、俺は、年甲斐もなくぼろぼろと泣いている。 あの日以来、ポケットに入れたままの指輪をぎゅっと握りしめた。 「お前、そんなにウケたかったかんか…定番の流れかと思ってたわ。ほんまごめんな」 相方が笑いに変えてくれて、俺は涙声で「ちゃうわ!」と叫び、なんとか漫才を再開させた。 漫才ライブが終わるや否や、俺はマネージャーが止めるのも構わず、衣装のまま会場外へと走り出した。そんな俺の背中に相方が「頑張れよ!」と叫ぶ声が聞こえた。 会場の外にはまだ物販などに並ぶお客さんも多く、俺の顔を見たお客さんが驚いているのがわかったが、そんなのはお構いなしだ。 「大樹!大樹!!」 叫びながら走り回る。それでも、どこにも彼の姿は見つからない。そのまま寒空の下、探し続けるも、返答はない。空からは雪がちらつき始め、残っていたお客さんもいなくなっていた。 「大樹、出てきてくれ!お願いだから…」 冷えた体をさすりながら、その場にうずくまる。 5年間探し続け、やっと会えたと思ったのに、また見失ってしまった。 「…そういうとこですよ」 後ろから、あの声が聞こえる。幻だろうか? ゆっくりと振り向くと、そこには待ちわびた彼がいた。もうスーツ姿ではなく、ジージャンにチノパンのシンプルないでたちで、心なしかすこし日焼けした気がする。それでも、少しはにかむような笑顔は変わらない。 「…大樹」 俺は彼にかけより、思い切り抱きしめた。 彼はそっと俺の頭を撫でる。 「ずっと探してくれてたの、わかってたよ。ありがとう。」 「…もう急にいなくならないでくれ」 そう言って、俺は彼の細い指にポケットから出した指輪を嵌めた。 「コメワンに優勝したら、ずっと渡そうと思ってた。5年前、大樹のこと傷つけてほんとにごめん…大樹が支えてくれたから、ここまで来れた。これからもずっと、3人目のメンバーとして、俺の隣で笑っていてほしい。好きだから」 やっと言えた。俺は目を閉じて、彼の返答を待つ。 やがて、彼は小さくつぶやいた。 「ほんとに…僕でいいの?」 「お前しかいないに決まってるだろ」 そう叫ぶと、彼は笑った。 「…本当は何度もあきらめようとしたけど、無理だった。」 彼は微笑む。 「好きだよ、悠太郎」 「やっとくっついたか、このバカップル」 後ろから俺たちをつついてくる相方の声で我に返る。 「まったく、いつくっつくのかずっとじれてたよ。10年お互いを思い続けてたって、ほんま信じれらに純愛やな…おめでとう」 「ありがとうございます」「ありがとうな」 そう言う俺と大樹の声が重なる。3人で肩を組み、俺たちの笑い声が空に響き渡った。
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