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 * * *  マサトはイヤホンをしまい、トイレから出て廊下で王太后とすれ違った。敬礼をして通り過ぎるのを待っていると、王太后が足を止めた。 「マサト、ロクを立派に教育しましたね。感謝します」  そう言われてマサトはフッと笑った。「いえ私が何も教育しなかったので、うまく育ったんです」  王太后はそれを聞いて微笑んだ。「そうかもしれませんね」  マサトは肩をすくめた。王太后はそのまま廊下を歩いて行く。護衛官がチラリとマサトを見たが、マサトは知らぬふりで天井を見ていた。  王太后が行ってから、マサトは病室へ駆け込んだ。そしてドアをバタンと開き、驚くロクを見た。 「おまえ、考えておくって何だ。あそこは即答で、謹んでお受けいたしますだろうが。国王のサポートの立場なんて望んでも手に入らないんだぞ」  ロクは目を丸くしてマサトを見返す。「何?」 「抜け殻になってんのはわかるが、どうせおまえなんて城の外に出ても大したことはできないんだ。それは今回のことで充分わかっただろうが。何でも中途半端にそこそこできる奴の使い道なんてな、お話し相手ぐらいしかないんだよ。おまえは抜きん出た才能もないんだから、ここは受けておくべきなんだよ」 「聞いてたのかよ?」  マサトはベッド脇から小型のマイク装置を取り外して見せた。ロクはうなだれるようにしてため息をついた。 「考えるって言ったのは、あんときは王太后陛下がめっちゃいい匂いで、思考が止まってたからで、ちゃんと落ち着いて答えようと思ったんだ」 「何だ、そうか。単なる色魔の迷いか」マサトはホッとして落ち着いた。それならいい。 「色魔ってそういう使い方するんじゃないだろ」 「熟女の魅力にやられて頭がエッチなことで一杯になったんだろ? 間違ってないじゃないか。とにかくロク良かったな、おまえの身分は安泰だ」 「…」反論するのに疲れてロクは黙り込んだ。もう無駄だし。いいや。  それにマサトが嬉しそうなので、何だか水を差すのも申し訳ない気がした。 「マサト、聞いてたんならわかると思うけど…」  ロクは敬語の使い方がなってないと小言を言いはじめているマサトを遮って言った。  マサトは腕組みをしてロクを見た。 「私は何も聞いてない」 「え?」ロクは呆れて眉を寄せた。 「聞いてない。聞いてないから誰にも話せない。わかったか、ガキ」  ロクは口を閉じ、うなずいた。「わかった」  マサトも満足そうにうなずく。それから傷だらけのロクの少し不満そうな表情を見る。言いたいことを全部言えなかった時、ロクはいつも不満げに唇を曲げる。それを見たくて遮ることもよくある。 「私もおまえの両親に感謝してる。退屈な人生に、いい暇つぶしをくれたからな」  マサトはそう言ってからドアに向かった。ドアを開いて出て行きながら、ロクを指差す。 「治療に専念しろ」  ロクはパタンと閉まったドアを見て、眉を寄せた。  何が『何も聞いてない』だ。
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