終章

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 璃鈴と龍宗が舞っていると、次第に雨が弱くなってきた。なおも舞を続けていると、幕の向こうから久しぶりの朝日がさしてくる。  雨が上がったのだ。  舞を終わらせて向かい合って見つめあった璃鈴に、龍宗は触れるだけの口づけを落とした。 「疲れたか?」 「いいえ。とても、楽しかったです」  微笑む璃鈴に、龍宗も微笑む。 「本当に、天地と一つになるのですね」  舞を舞っている間、璃鈴は不思議な感動を覚えていた。いつか部屋で龍宗と共に舞ったとき、体中が粟立つような心地がしたが、今日のそれはあの時の比ではなかった。  体中に天のそして地の気が流れ込んでくるのがわかった。大気に霧散していきそうになる身体を繋ぎとめてくれたのが、龍宗の存在だ。強烈な力で璃鈴の身体を引き留めて、舞わせてくれた。 「雨の巫女の力は、もともとは龍の中にあったものだそうだ」  眩しそうに陽の光を見上げながら、龍宗が言った。 「神族の巫女は、自分の身の内に龍が持っていた雨を司る力を封じた。そして龍の持つ日の力と、巫女のもつ水の力が互いに相殺する形で、力の均衡を保つことができるようになったのだそうだ。だから、どちらの力に傾向けば、大地は乱れる。二人が心を通わせることこそ、天の安定を保つために重要なのだそうだ」 「ただの神話ではなかったのですね」  自身が雨を呼ぶ力がある事を知っていても、龍宗の話はすぐには信じられないものだった。 「代々そう伝えられるが、本当のところは誰も知らぬ」  そんな璃鈴に視線を移して、龍宗は笑んだ。 「俺も初めて聞いた時は半信半疑だったが……今日初めて、その意味を理解した気がする」  龍宗も、父から聞いた時はまさかと思った。まるでおとぎ話のようだと。皇帝の証として伝承された舞も、ただの儀式的なものだろうとしか思っていなかった。  けれど、雨に溶けそうになる璃鈴の儚い姿に、全身が引き寄せられるような引力を感じた。その流れに逆らうことなく身を任せれば、二人の力が混ざり合ってさらに強力な力へと育ちそれが天に昇っていく実感を持つことができた。 「私たち、本当にこの国を守れるのですね」  璃鈴の脳裏に、黎安へ来るまでの道中で目にした街の姿が目に浮かぶ。  あの時の璃鈴には、まだ彼らを救う力がなかった。疲れ果てた人々を見ても、手を差し伸べることができなかった。  だが、今なら。きっと今なら、天の力を借りて大地に恵みをもたらせる。それが、璃鈴には嬉しかった。 「龍の末裔とはいえ、特段、変身するわけでもないがな」  そう言って龍宗は自分の手を見つめる。その体は、普通の人間と何ら変わらない。璃鈴は、ふふ、と笑った。 「陛下の激しい気性は、暴れる龍に由来するものなのかもしれませんよ?」 「かもしれん。だから、俺を制御するのはお前の役目だ。しかと頼んだぞ」 「はい」  笑顔で答えた璃鈴だが、龍宗に近寄ろうとして踏み出した足がもつれる。 「きゃっ」 「璃鈴」  龍宗は手をのばしてその体を支えた。 「すみません」  舞っている間は平気だったのだが、気が抜けたとたん、急に足元がおぼつかくなった。 「夕べのこともある。まだ、体がつらいだろう。よくがんばったな」  言われて昨夜の閨を思い出し、璃鈴は、か、と頬を染めた。  璃鈴にも、ようやく夫婦の契りの意味がわかったのだ。初めて感じた悦びと激しい痛みの中で璃鈴は、ただ龍宗の名を呼び続けることしかできなかった。そんな璃鈴を、時に優しく時に激しく、龍宗は快楽の頂点へと導いてくれた。 (で、でも、あんな格好で……何にもわかんなくなって……!)  恥じらう璃鈴を見て、龍宗はくつくつと微笑む。 「今日は一日、ゆっくりと休むがいい」  言うが早いか、龍宗はその小さなからだを軽々と抱き上げた。 「あのっ、自分で、歩けますっ」 「俺がこうしたいのだ」  龍宗は、抱き上げた璃鈴の頬に口づける。 「相変わらず羽のように軽いな」 「そこまで軽くはありません」 「では、天女を抱いているようだとでも言おうか?」  さらに赤くなった璃鈴を見て龍宗は笑った。それを見て、ぷ、と璃鈴は頬を膨らませる。 「龍宗様、意地悪です」 「意地悪だと嫌いになるか?」 「そんなこと……わかってらっしゃるでしょう?」 「さあな」  龍宗は璃鈴を抱いた手に力をこめ、耳元で囁いた。 「今夜、ゆっくり聞かせてもらおう。……床の中でな」  璃鈴はもう何も言えずに、その胸に顔をうずめてしまう。  朝日を浴びながら二人は、彼らを待つ人たちの元へと戻っていった。 【終】
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