第二章 初夜

1/6
前へ
/65ページ
次へ

第二章 初夜

 大きな赤い門が開くと、真っ直ぐな道の向こうに大きな朱塗りの建物が見えた。そこへ続く赤い布を引かれた通路には、隙間なく衛兵が並んで、璃鈴たちを迎えている。 (ここが、皇帝陛下のおわす宮城)  璃鈴は、知らず緊張で手に汗を握る。  建物の前で馬車が止まると、隣にいた秋華が璃鈴の被り物を顔の前に垂らした。これで、璃鈴の顔はまわりから見えなくなる。 「お足元、大丈夫ですか?」  視線を遮る紗の薄い布ごしでは、足もとが危うい。 「うん、大丈夫……だと思う」 「気をつけてくださいませね。お手を」  馬車の扉を開けると、秋華が璃鈴の手をとってくれた。慣れたそのぬくもりに、璃鈴の緊張が少しだけほどける。  ゆっくりと馬車から降りる璃鈴の姿を見て、あちこちからため息のようにかすかな声があがった。  きらびやかな緋色の花嫁衣装が、夕陽にきらきらと輝く。  姿勢のいい肢体から伸びる華奢な手足。洗練された優美な仕草は、どれほどに美しい人なのかとその姿を見た者の想像をかきたてる。普段、かなり粗野に生きていた璃鈴がこれほどに貴婦人然とした格好ができるのも、あきらめずに璃鈴を指導してくれた長老の教育のたまものだ。 「お待ちしておりました」  璃鈴が馬車から降りると、一人の男性が膝をついて待っていた。そのうしろにはずらりと同じように女官が並んでいる。 「璃鈴様には、ご機嫌うるわしく。私は、陛下の宰相で来余揮と申します。陛下の名代で、お迎えに参りました」  正装をまとった年かさの男性が、恭しく璃鈴を迎えた。璃鈴も無言で挨拶を返す。  馬車を降りて花嫁の手を引くのは、本来なら花婿の役目だ。手を引くのは名代でも構わないが、花嫁が最初に口をきくのは花婿でなくてはならない。 「皇帝陛下もお待ちでございます。まいりましょう」  立ち上がった余揮の後について、璃鈴は大勢の衛兵の間に敷かれた赤い布の上を歩いていく。長い廊下と階段を歩いて、璃鈴の一行はある扉の前にたどりついた。 「こちらへ」  余揮がその扉をあける。そこは婚姻の儀が行われる大広間だった。中にはすでに大勢の官吏や貴族などの人々が集まっている。  入ってきた璃鈴に、広間にいた全員の視線が集中した。  雨の巫女。伝説の、神族の娘。  璃鈴は知らなかったが、彼らにとって神族とは伝説上の一族に過ぎない。神族の村にひっそりと住み、他の街の人間とはほとんど交流を持たずに暮らしている。宮廷のほとんどの者にとっては、実際に見たことのある神族と言えば前皇后のみ。その前皇后でさえ、後宮に入ってしまった後は見たものはほとんどいない。  皇帝とて龍の血を継ぐ、という伝説の持ち主なのだが、実際に龍がいたなどと信じる者はいない。だから、神族の娘というだけで、璃鈴はもの珍しさの対象なのだ。  あつらえたばかりの薄い布で作られた璃鈴の婚礼衣装は、彼女が歩くたびにひらひらとその後に続く。うつむいて足元だけを見ていた璃鈴は、余揮について部屋を横切るうちに、それまで見えていた人々の足が見えなくなったことに気づいた。目の前にいた余揮が振り向くと、璃鈴の耳元で囁く。 「皇帝陛下にあらせられます」  そうしてうつむいたままの璃鈴の足を止めると、自分は背後に下がっていった。薄い衣の向こうに、近づく人影を感じて璃鈴はさらに緊張する。近づいてきた人影は、璃鈴の目の前でとまった。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

156人が本棚に入れています
本棚に追加