第四章 二人の舞

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第四章 二人の舞

次の朝、目覚めた璃鈴は、自分が寝台に横になっていることに気がついた。 「璃鈴様、お目覚めになりましたか?」  ちょうど起こしにきたらしい秋華が声をかける。まだ夜も明けきらぬ時刻で、あたりは薄暗かった。  褥の上に座ったままぼーっとしている璃鈴に、秋華は笑顔をむけた。 「お疲れでしょうけれど、そろそろお起きになってください。日が昇ってしまいます」 「……ああ、そうね。寝坊するところだったわ」  雨ごいの舞は、少なくとも三日は続く。その間に雨が降らなければ、時間を短くして降るまで毎日続ける習慣だ。 「こちらの女官たちも、璃鈴様の舞を一目見たいと騒いでおりましたわ。昨日は、あちらこちらから舞台をのぞこうとして、冬梅様に怒られておりました。先代の巫女が舞を舞う時も同じような景色が見られたとか。みな気になるのでしょうね」  先代の巫女は、龍宗の母親だ。彼女が亡くなってから、もう十年以上になる。  雨の巫女の舞は芸能が目的ではないので、めったに人前で舞われることはない。雨の巫女が人前で舞うのは、唯一、皇帝陛下に望まれた時だけだ。 「……そう」  くすくすと笑う秋華に、璃鈴はまだぼんやりと答えた。  里にいた時も、こうやって雨ごいの舞を続けた。けれどなぜか今朝は、褥から離れがたい気持ちが残っている。眠いわけでもなく、むしろよく眠ったようで気分はすっきりとしているのに、その褥のぬくもりが気持ちいいのだ。 「すぐにお食事をお持ちしますね」 「お願いするわ」  言われて、璃鈴は自分がかなりの空腹状態である事に気がついた。夕べは夕飯を食べる時からすでに夢うつつで、まともに食べた記憶がない。 「陛下も、もう出勤なさいましたよ」 「え! 龍宗様がいらっしゃっていたの?!」 「あら、お気づきになってなかったのですか?」  ぐっすりと眠っていた璃鈴には、まったくわからなかった。けれど秋華にそう聞いて、璃鈴はその褥のぬくもりの愛しさの理由を知った。 (そう。龍宗様が……) 「私、なにか失礼をしてなかったかしら」  急にそわそわとし始めた璃鈴に、秋華は笑みを返す。 「どちらかと言えば、とてもご機嫌がよろしいようにみえましたけれど」 「そう? それならよいのだけど……」 「それより璃鈴様、ごらんください」  朝餉の用意を終えた秋華が、窓にかかっていた幕をひく。すると、外の景色が見えた。 「まあ」  まだ日が昇る前の暗い空は、それでも雲で覆われていることがわかった。 「さすが巫女様、と宮中でも評判のようです」 「でも、まだ雨は降っていないのね」 「ええ。でもこれだけ曇っているのですもの、きっとすぐに雨がきますわ」 「そう……」  嬉しそうな秋華と反対に、璃鈴の表情は晴れない。 「璃鈴様?」 「ん……なんでもないわ。急いで食事を終わらせて仕度しないと」 「はい」  結局その日は、曇っただけで雨が降ることはなかった。   ☆
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