第四章 二人の舞

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「やはり、あの巫女では若すぎたのではないですか」  官吏の一人が言う言葉にも、龍宗は口を開かない。 「麗香皇后でしたら、きっと雨を降らせることができたでしょうに……もう雨ごいを始めて七日にもなるというのに、曇るだけで水の一滴も落ちてはこない。まったく、力のない巫女を娶るとは陛下も運のない」 「まあまあ。巫女のことは運がないとしても……まだ陛下は若くておられる。皇帝の座についてようやく一年になるところ。運がないかどうかは、まだまだわかりませぬ」  なだめようとする官吏の横で、年かさの官吏が口の端を上げて笑った。 「どうだろうか。亡き太上皇様が陛下の御年の頃にはすでに地方一体を治める力を」  どんっ!!  ふいに龍宗が目の前の卓を拳でたたいた。ぎょっと肩をすくめたのは、若い数名の官吏だけだ。大抵のものは、龍宗の態度には慣れっこになっていた。じろりと鋭い目で睨まれても、気にした様子もない。  龍宗の低い声が響いた。 「父上はとっくに亡くなっている。そんなものを懐かしんでどうする。お前たちは他に言う事がないのか」 「早く他の事も言えるような治世をひいていただきたいものですな」  先ほど笑った年かさの官吏が、涼し気な顔で言った。宰相の余揮だ。 「だったら、なぜ俺の言うことに反対意見ばかり出してくるのだ」  龍宗は、真正面から余揮をにらみつけた。 「反対意見ばかり出しているわけではありません。陛下の意見が反対せざるをえないものだから、その通り申し上げているだけです。例えば……」  彼は、ばさりと持っていた書類を自分の前の机に投げ置いた。 「この飢饉で地方の民は疲弊しきっております。これに対する政策として兵糧を送るのは良いですが、この割合についてはもう少し考慮が必要ですな」 「なるべく輝加の先々までの民を救うにはこれくらいは必要だ」 「恐れ入りますが」  おそるおそる口を挟んだのは、戸部尚書だ。この春に昇進したばかりで、龍宗に堂々と意見が言えるほどにまだ肝が据わっていない。 「これ以上黎安の兵糧を削っては、首都としての機能が果たせませぬ。幸いなことに、まだ各地の様子はそれほど困窮してはおりませぬ。この間に、まずはこの黎安を建て直して後に、各地へと……」  ぴく、とその言葉に龍宗は眉をあげて言った。 「今が大丈夫だからと言って、これからも大丈夫とは限らぬ。特にここ数か月の日照りは、春の作物に多大な影響を及ぼしていると聞く。事前に備えておくのは、無駄な死人を出さないために必要な措置だ」 「かと言って、首都の力をそいではいざという時に兵士の力が出せませぬ。ここしばらく、功儀国の様子がどうも落ち着かないのです」 「それは俺も連絡を受けている」  難しい声で龍宗が言うと、余輝も続けた。 「どの街にとっても、食糧不足は今の一番の課題です。功儀国は海に面しているため比較的我が国より食糧に困窮はしておりませんが、だからこそ、今は黎安の力をそぐわけにはいきません」 「だったら、この国の民が苦しんでもよいというのか!」  龍宗の怒鳴り声を皮切りに、あちこちで官吏の意見が飛び交う。龍宗に反対するもの、賛成するもの、声は様々だ。  なんとなくその声が収まったころに、ぽつりと誰かが呟いた。 「雨が降ればなあ」
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