第四章 二人の舞

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 そもそもは、それが食糧難の原因なのだ。長い間、雨の巫女である皇后の地位が空席だったこの国に、ようやくまた雨を呼ぶことのできる皇后が現れたと誰もが期待していた。その期待通りにならず、誰もがなんとなく苛立っているのだ。  余揮が、く、と笑んだ。 「龍王の威厳も地に落ちましたな」 「なにっ……!」 「陛下!!」  隣に控えていた飛燕が、立ち上がりかけた龍宗の腕をひいた。我に返った龍宗は、余揮を睨んだまままた席に着く。全く動じることなく、余揮は続けた。 「雨の巫女が皇后の座につけば、この日照りも安定すると思いましたのに……期待外れとはまさにこのこと。まことに残念です」 「俺はともかく、璃鈴は正当な巫女だ。彼女を侮辱することは許さない」 「では、あなたは何をしました?」 「何を……だと?」  いぶかし気な顔の龍宗を、余揮は真正面から厳しい視線で射抜く。 「あなたにはあなたの役割がある。おのが役目もろくに果たさずに、辺境からきた小娘になにを期待しているのです?」 「!」 「陛下!」  血の気の多い龍宗に仕える飛燕の苦労は終わらない。   ☆  足音も荒々しく部屋に現れた龍宗に、璃鈴は驚いて振り返る。 「龍宗様」  通常、皇帝が訪うとなれば先ぶれの女官が知らせてくれるものだが、今日はその先ぶれがなかった。いきなりあらわれた龍宗に驚きはしたものの、しばらくぶりに会えるのは嬉しく、璃鈴は、ぱ、と笑みを浮かべた。だが、ただならぬその様子に次には不安になる。  その璃鈴の横を何も言わずに通って、龍宗はどさりと長椅子に腰を下ろした。 「あの、何か、ありましたでしょうか」 「……おまえが気にすることではない」  うっかり苛立たし気に言ってしまってから、龍宗は心配そうな璃鈴の視線に気づいた。おびえともとれるその様子を見て、自分の態度に気づき自嘲する。 「本当になんでもないんだ。それより、何をしていた?」  龍宗は、寝衣を着た璃鈴の手にある羽扇を見て聞いた。璃鈴は、手元のそれをもてあそびながら、気まずそうに答える。 「どうも天が機嫌を損ねてしまったみたいで、うまく心が通じません」  あれから一週間。璃鈴は毎日雨ごいの舞を舞っていた。だが、雲を呼ぶことはできても雨が降らない。  里にいた時も、同じようなことが起こった。一年ほど前から、巫女たちがどれほどに舞を舞っても雨を呼べなくなってきたのだ。それまでと同じように舞っているのに、空との間にもやもやとした抵抗を感じるようになった。それがどうしてなのかはわからない。ただ、自分たちの祈りが天の高いところまで届いていないことだけははっきりとわかる。  今の璃鈴の状態も、その時と変わらない。皇后となれば巫女とは比べものにならないほどの力を授かると聞いていたのに、今の璃鈴にその実感はない。  天に心が届かなければ、いつまでたっても雨を呼ぶことができない。それが璃鈴には悔しい。 「あの舞の後に、毎日? 疲れるだろう」  驚いたような龍宗に、璃鈴は胸を張った。 「体力には自信があります」  初日のように倒れ込むようなことはなくなったが、その姿には薄くない疲労の色が現れている。それでも璃鈴は、毎日練習を重ねていた。  龍宗は、難しい顔になってしばらく何かを考え込む。 「やってみろ」 「え?」 「雨ごいの舞だ」  言われて璃鈴は、手にした羽扇を持ち直してもう一度最初から舞を始めた。  それは、以前龍宗に乞われて舞ってみせた始まりの舞だ。雨ごいは様々な舞を組み合わせるが、最初は必ずこの舞から始めると決まっている。
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