第四章 二人の舞

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 天の気分はくるくるとかわるので、それを読むのは巫女と言えど難しい。その時々によって、必要となる舞は変わってくるのだ。  すい、と璃鈴が天に向かって両手を延ばした時だった。龍宗がおもむろに立ち上がると腰の剣を抜いた。ぎょ、として足をとめた璃鈴だが、「続けろ」と言われて戸惑いながら舞を続ける。その璃鈴の側に立った龍宗は、璃鈴が羽扇をひらめかせるのと同様にその手の剣をはらって璃鈴の動きに合わせて、舞を舞い始めた。  驚いたことに、龍宗はぴたりと璃鈴の動きに合わせて舞っていた。それは璃鈴の動きを熟知していなければできない動きだ。  龍宗は触れそうなほど近くにいたが、そのくせに全く璃鈴に触れることがないのが不思議だった。璃鈴の動きを決して邪魔することなく、璃鈴が腕をのばせばその腕にそって自分も腕をのばし、足を踏み出せば自分も足をそろえ、そうして璃鈴の羽扇に自分の剣を添わせながら、軽やかに舞っている。 「もっと手を延ばせ」 「は、はい」 「腰のひねりがたりない」 「はい」  ともに舞いながら、龍宗は璃鈴の動きを調整していく。その言葉に従って動きを直せば、二人の動きは一層ぴたりと合わさるが、不思議なことにその間一度もその体がちらとも触れることはなかった。そうして何度もそれを繰り返すごとに、璃鈴の素肌に粟がたっていく。  気持ちいいような怖いような、それは璃鈴が初めて経験する感覚だった。  最後は、天を仰いだ璃鈴の正面に龍宗が彼女を見下ろすように立って終わった。あとはこの繰り返した。 「龍宗様……」 「わかったな」  璃鈴には、自分の動きの甘さがはっきりと分かった。龍宗に言われたことは、里で長老に注意された覚えのあることばかりだ。手を抜いていたつもりはないが、いつのまにか慣れが悪い方に影響していたらしい。 「ええと……はい」  正しく舞えただけではない何かを璃鈴は感じていたが、それをうまく言葉にすることはできなかった。  舞を終えた璃鈴の身体の中にはいまだ、激しく熱い何かが渦巻いている。一人では足りなかったそれが、龍宗と二人で舞うことで形になろうとしているように感じた。あとちょっとでそれが分かりそうな気がするのに、つかみきれないもどかしさが璃鈴には残っている。 「明日はそれでやってみろ」  龍宗は手にした剣を腰のさやにおさめる。 「毎日の舞で疲れているだろう。もう寝ろ」 「でも、もう少し」 「お前が倒れては元も子もない」  そう言われては、無理はできない。璃鈴はあきらめて、先に寝台へと向かった龍宗についていった。 「あの、龍宗様、今の舞は……」  聞かれて龍宗は、ちらりと視線だけを璃鈴に向ける。 「いずれ」  そう短く言うと、腰の剣を外して着替えを始めた。それ以上の言葉はなかったが、最初この部屋に入ってきたときのぴりぴりとした空気は、龍宗から消えていた。  璃鈴はそれ以上聞かずに、持っていた羽扇をしまうと龍宗の着替えを手伝い始めた。 「龍宗様」 「なんだ」 「今の舞……なんというか……とても、気持ちよかったです」  言われて、龍宗は目を瞬いて璃鈴を振り返った。璃鈴は、まだふわふわと熱に浮かされたような心地らしく、龍宗の上着をたたみながら、どこか心ここにあらずの様子だ。
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