第四章 二人の舞

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「璃鈴……?」  呼ばれた事には気づいたらしく、璃鈴がゆっくりと振り向く。目を潤ませ頬を紅潮させた璃鈴が、龍宗に向かってほころぶように笑んだ。 「また、一緒に舞ってくださいね」  自分に向けられた艶やかな笑顔に、龍宗は思わず息を飲む。  実のところ、今の舞で興奮したのは璃鈴だけではなかった。龍宗の中にも、かつて感じたことのない熱い疼きがくすぶっていたのだ。理性の力で押し付けていたそれは、璃鈴の紅潮した顔を見てあっけなく龍宗の心から吹き出していく。 「璃鈴」  呼ぶ声が、わずかに上ずった。 「はい?」  寝衣を渡そうとした璃鈴の細い手を、龍宗がつかむ。 「まだ、俺が怖いか?」 「龍宗様がですか? いえ、怖いなどと」  確かに最初は怖いと思うこともあった。けれど、今の璃鈴は龍宗を怖いとはもう思っていなかったので、正直にそう答えた。璃鈴の様子をしばらく見つめていた龍宗は、不意に顔を近づけると唇を重ねた。 「ん!」  驚いて体を引こうとした璃鈴の腰を、龍宗の腕が抱く。璃鈴の持っていた龍宗の寝衣が足元に落ちた。龍宗の硬い胸に強く抱きしめられ、璃鈴はとっさに体をよじる。 「ん……、はっ、龍宗様っ、何を……!」  唇を外して璃鈴が叫ぶように言ったが、構わず龍宗はそのまま寝台へと璃鈴を押し倒す。 「っ! ……!」  突然の乱暴に璃鈴は困惑する。何が起こっているのかわからないが、両腕を龍宗に寝台へと押し付けられて逃げることもできない。 「あの!」 「俺が怖くないと、言ったではないか」 「ですがっ……!」  龍宗は怖くない。けれど、普段とは違う荒々しい龍宗の様子に、初夜と同じ本能的な恐怖が湧き上がる。その間にも、龍宗の舌が璃鈴の首筋を愛撫し、足の間には龍宗の膝が密着する。 「いやっ……!」  悲鳴じみた声をあげた璃鈴に、我に返った龍宗が跳ねるように体を起こした。衝動のままに動いてしまった自分が信じられないように、目を見開く。急速に龍宗の中に理性が戻ってきた。 「……悪かった」 「いえ」  絞り出すように言った龍宗は、璃鈴に背を向けて大きく息を吐いた。そのすきに璃鈴は体を起こして乱れた寝衣をあわてて直す。 「あの、わたくしは、何か失礼をいたしましたのでしょうか……?」 「いや。お前は悪くない。……お前の恐怖がなくなるまで待つ、と決めたのにな」  独り言のように言って自嘲すると、龍宗は寝台へ仰向けに寝転がる。 「まあいい。まだそこまで切羽詰まっているわけではない」 「? はい……」  謎の言葉をつぶやくと龍宗は、目を閉じた。 「龍宗様、寝衣を……」  あわてて璃鈴は、落ちていた寝衣を拾ってくるが、龍宗はすでに眠ってしまったようだ。いつものことながら、寝つきが良い。中途半端な下着姿では風邪をひいてしまうと、璃鈴は龍宗を起こそうとするが、龍宗は深く眠っていて全く動かない。  しかたなく璃鈴は明かりを消すと、彼に布団をかけて、自分もその隣にもぐりこむ。 (なんだったのかしら……)  ぼんやりと思いながら、薄闇に眠る龍宗の横顔を見つめた。  綺麗だな、とその顔を見ながら璃鈴は思う。
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