第四章 二人の舞

6/10
前へ
/65ページ
次へ
 初めて龍宗に会ってから一年がたつ。あの時、綺麗な人だと思ったが、それは今も変わらない。時に先ほどのような荒々しさも見せるが、璃鈴の意思を無視して乱暴を続けるようなことはしない。むしろ、璃鈴がおびえることで、璃鈴の方こそ何か我慢を龍宗に強いているような気がする。 (龍宗様は、何がしたいのかしら……)  一年前は遠かった距離が、今は、手を伸ばせば届く近さだ。そ、とその頬に触れてみる。璃鈴や秋華の柔らかい肌とは違い、日に焼けた硬い肌をしていた。  びくり、とその頬が動いたような気がしてあわてて璃鈴は手を引っ込めた。だが、龍宗が目覚める気配はない。 (お疲れなのね)  そんな中で、璃鈴と一緒に舞を舞ってくれた。何かを、伝えようとしてくれた。璃鈴の胸に、龍宗への愛しさが湧き上がる。   隣に眠る龍宗に、少しいざって璃鈴は、いつもよりも近づいてみる。少しためらってからその肩に自分の額をつけてみると、なんだか幸せな気分になった。 「龍宗様……」  小さくつぶやいて目を閉じると、連日の疲れもあって璃鈴もあっという間に眠りに落ちていった。  ややして、龍宗がむくりと起き上がった。隣に眠る璃鈴に視線を落とす。璃鈴が本当に眠っているのを確かめると、ためらいながら手をのばして、そ、と璃鈴の髪に触れた。しなやかな絹のようなそれを一筋手に取って持ち上げると、龍宗は愛し気に口づける。  その夜、あどけなく眠る璃鈴の寝顔を、龍宗は飽きもせずに見つめていた。   ☆ 「雨……が!」  次の日、璃鈴が雨ごいの舞を始めると、曇天がさらに低く黒くなった。そうして昼になる頃には、ぽつりぽつりと待望の雨が降り始めたのだ。 「おお!」 「雨だ! 雨が降り始めたぞ!」  朝議を終えて広間を出た官吏たちは、聞こえ始めた雨音にみなで庭へ出て空を見上げた。  その様子を、龍宗は卓についたまま黙って見つめた。その口元にはわずかに笑みが浮かぶ。 「皇后様のお力ですね」  龍宗の後ろで、飛燕が呟いた。 「まあな。よくやった」  うっかり得意げな口調で言ってしまったことに気づいた龍宗は、口元を引き締めると終わったばかりの書類を意味もなくそろえ始める。飛燕は窓に視線を向けて気づかないふりをしながら言った。 「そう思うなら、ぜひご本人に言ってあげてください。あなたは、少し口の足りないところがありますから」 「そうか?」  龍宗はいぶかし気に眉をひそめる。 「ええ。ちょうど議案も一段落したところです。今日はもう朝議はありませんし、たまにはゆっくりしてきたらどうですか」 「だが……」 「どうぞ、皇后様を、ねぎらって、差し上げてください」  念を押すように力強く言われて、龍宗は少し考えると立ち上がった。何も言わずに広間を出ようとした龍宗が、ふと振り返る。 「あれに、何と言ったらいいのだ?」  珍しく困惑したような表情を浮かべた龍宗に、飛燕はわずかに目をみはる。だがそれも瞬きの間。すぐに龍宗に向けて微笑む。 「思った通りに言えばよろしいのですよ。ああ、だからといって、いつも官吏たち相手に使うような乱暴な言葉を使ってはいけませんよ」  それを聞いて、龍宗は眉をひそめた。 「俺はそんな乱暴ではない」 「自覚のないのが困りものですね」  しれっと言った飛燕を睨んで、龍宗は背をむけた。 「わかった。昼を食べてから、午後は後宮に行く」  その言葉に、飛燕はかすかに表情を曇らせたが、何も言わずに龍宗の後ろに続いた。   ☆ 「お疲れ様でした、璃鈴様」  部屋に戻った璃鈴に、秋華は熱いお茶を用意した。濡れた衣装を脱ぎながら璃鈴は、安堵したように息を吐く。 「よかった。これで大地も潤うことでしょう」
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

156人が本棚に入れています
本棚に追加