第四章 二人の舞

9/10
前へ
/65ページ
次へ
「璃鈴様、陛下が廊下で……」 「え、ええ、もういいわ。入っていただいて」  璃鈴がぎこちなく言うと、秋華は持っていた茶を璃鈴の前に置く。そうして璃鈴が体を拭いた衣を片付けると、廊下で待っていた龍宗に扉を開けた。 「すまなかった」 「いえ、私こそお見苦しい姿をお見せいたしまして申し訳ありません」 「見苦しいなどと……美しい姿だった」 「え?」 「ん」  つい、口にしてしまったらしい龍宗が、気まずそうに視線をそらす。璃鈴も火照った顔で、うつむいた。  二人の様子にいたたまれなくなった秋華は、急いで龍宗に茶を入れると早々に部屋を出ていった。  沈黙が落ちる。 「よくやったな」   龍宗が、本来の目的を思い出して言った。 「……?」 「これで大地も潤うだろう」  龍宗の視線が窓の外に向かっているのを見て、璃鈴も気づいた。  外では、激しい音をたてていまだ雨が降り続いていた。 「夕べ、陛下にご指導をいただいたおかげです」  その言葉に何かを言いかけた龍宗だが、考え直したように口を閉じてしまった。  また、沈黙が二人の間に落ちる。口を開いたのは、またも龍宗だった。 「今日は、少し時間が取れた。午後は、お前につきあおう」 「よろしいのですか?」 「ああ。飛燕にも、ゆっくりしてこいと言われた。なにかしたいことはあるか?」  璃鈴は少し考えてから、ぱ、と顔を輝かせた。 「なんでも、よろしいのですか?」 「かまわんぞ」 「では、もう一度一緒に舞っていただけますか?」  龍宗は目を見開いた。 「だめでしょうか?」  即答しない龍宗を見て、璃鈴はうなだれる。上目遣いになったその表情は、意図せずに龍宗の気分を高揚させた。  が、龍宗はそれにいささかの抵抗を感じていたので、わずかに眉を寄せる。 「だめではないが……できればあれは、今はあまりやりたくない」 「なぜ、とお聞きしてもよろしいでしょうか?」  母親の舞を見ていたから、という秋華の言葉には璃鈴は懐疑的だ。あれは、見ているだけで覚えた、という度合いのものではない。 「そうだな」  龍宗は、璃鈴に手を伸ばす。 「もう少しお前が、俺に慣れたら話してやってもいい」 「慣れたら?」 「ああ。来い」  口の端をあげて笑んだ龍宗に、璃鈴は緊張して立ち上がるとその手を取った。そ、と璃鈴を引いた龍宗は、くるりとその体を反転させると自分の膝の上に座らせる。  予想外の行動に、璃鈴は動揺してその膝から降りようとするが、龍宗はがっちりと後ろから抱きしめて離さない。 「あの! これでは龍宗様が重いのでは……」 「なんの。まるで羽を乗せているみたいだぞ」  璃鈴は、自分の体に巻きつく硬い腕に、どきどきと胸の鼓動が激しくなるのを感じた。 「こ、こんなことが、舞に必要なのですか?」 「そうだ」  言いながら、龍宗は璃鈴の白いうなじに唇をつけた。びくり、と璃鈴は体をこわばらせる。 「何を、なさっているのですか?」 「今日は、ずっとこうして添っていよう」  璃鈴の問いには答えずに、龍宗が言った。璃鈴は、息苦しくなってくらくらとめまいすら感じる。 「龍宗様……」 「なんだ」 「苦しいです……」 「そんなに力は込めていないが」 「いえ、その……うまく息ができなくて、胸が……苦しくて……」  言われて璃鈴の顔を覗き込んだ龍宗は、真っ赤な顔になったその顔を見て意地悪く笑みを浮かべた。 「これで楽に息ができるほどに慣れたら、いつか教えてやろう」 「そんな日は、来ないと思います」 「なに、一日こうしていたらきっとすぐに平気になるだろう」 「なりません!」  悲鳴のような声をあげた紅華に、龍宗は声を上げて笑った。   ☆
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

157人が本棚に入れています
本棚に追加