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璃鈴は、寝支度をするといつものようにお茶の用意を始める。いつ来るともしれない龍宗のための茶だ。その姿を、秋華は少し悲しそうに見る。
「璃鈴様、あの、私が用意いたしましょうか?」
秋華が声をかけると、璃鈴はゆるりと首を振った。
「ううん、いいの。私がやりたいの。夜って、長いのね。手持無沙汰なのよ」
はんなりと微笑んだその姿に、秋華はわずかに面食らった。
姿そのものが変わったわけではない。だが、わずかに憂いを帯びたその顔は、あきらかに幼い少女のものではなかった。
「璃鈴様……?」
「どうしたの?」
ぱちりと瞬いた次の瞬間には、もう普段の璃鈴に戻っていた。
「璃鈴様こそ……あ、いいえ。なんでもありませんわ」
不思議そうな顔をした璃鈴は、ぽすんと長椅子に腰掛ける。
「ねえ、秋華」
「なんでございましょう」
「お化粧を、教えてくれない?」
ぼんやりと視線を落としたまま、璃鈴が言った。
「お化粧……ですか?」
「ええ。妃の方々は、みんなきれいにお化粧をしていたわ。私も……お化粧したら、あんな風にきれいになれるかしら」
後宮に入った三人の妃たちは、性格はともかくそのかんばせは、女の璃鈴でも見惚れるほどの美しかった。
里にいた時も、英麗や瑞華、他の巫女たちを美しいと思っていた。けれど、後宮の妃たちの美しさは、巫女たちのそれとはだいぶ違うものだった。
それぞれの顔立ちの美点を最大限に生かした色とりどりの化粧に、しっとりと油を塗りこめてつややかにまとめられた髪の毛。それぞれの衣に焚き染められた独特の大人の香り。その様子を目の当たりにして、色気という言葉の意味を璃鈴は初めて実感した。
(きっと龍宗様だって、妻にするならああいう女性の方がいいに決まってる)
沈み気味の璃鈴を見つめた秋華は、しばらく考えたあと、鏡台にあった化粧箱を持ってくる。それは璃鈴用にと用意されたものだが、結婚式以来、ほとんど使われたことはなかった。
「璃鈴様は、お化粧などしなくてもおきれいですよ」
かたり、と卓の上で化粧箱をあけながら秋華が言った。璃鈴は、その言葉に不満そうに口をとがらせる。
「秋華ならきっとそう言ってくれると思っていたわ。でも、それじゃだめなの。私は、龍宗陛下の正妃なのですもの。やっぱり、あの方たちと比べられても……ううん、他の誰と比べられても、遜色のない女性でなければならないわ」
「他の方々と同じになる必要などないと思いますが……」
秋華は、ぐにぐにと璃鈴の頬に下地を塗っていく。
「でも、陛下のために美しくありたいと思われる璃鈴様は素敵だと思います」
「だって、子供だから龍宗様に釣り合わない、なんて言われたくないもの」
やはりそのことを気にしていたのかと、秋華は妃たちの言動を思い出していら立ちを覚えた。
「皇后は、後宮で一番の地位なのよ。なのにその私が一番美しくないなんて……龍宗様に、申し訳ないわ……」
そう言っている璃鈴の瞳が潤み始める。
「璃鈴様、お化粧している間は、泣いてはいけません」
「え? なんで?」
いくつかあった頬紅から明るい桃色を選んで、秋華は璃鈴の頬に丁寧にはたいていく。
「泣くと、目元や頬につけた化粧が流れてそれはそれは大変なご面相になります。なにより」
璃鈴の目元に黒い線を引きながら続けた。
「化粧をする時は、璃鈴様が一番美しくなる時です。そういう時は、泣き顔より笑顔の方が絶対に似合いますでしょう?」
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