第一章 十六歳の誕生日

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「私たちの中で一番小さかったあなたが皇后になるのね。この里を出てしまったら、もうここへ帰ってくることはできないけれど……私たちはいつでも、ここであなたのために祈っているわ。堂々と胸を張って、皇后として、そして雨の巫女としての務めを果たしなさい」 「……うん。ありがとう」 「せっかく皇后に選ばれたのに、湿っぽくなるのはおよしなさいな。あんたは私ほど美しくないのだから、いつでも笑っていなければだめよ」  ぐしぐしと泣き始めた璃鈴の髪を、言葉とはうらはらな優しい手つきで英麗がそっとなでる。 「じゃあね、璃鈴。いってらっしゃい」  そう言った緑蘭の言葉に、璃鈴がただいまの声を返すことは決してない。けれどその気持ちが嬉しくて、璃鈴は涙をふくと笑って言った。 「うん。いってきます」   ☆  その日のうちに、璃鈴たちは慌ただしく里を出た。璃鈴の馬車を中心に、騎馬が十数名取り囲むようにして護衛をする。  里の出口では、長老や他の巫女たちが並んで見送ってくれた。口は悪かったが、みな一緒に暮らした仲間だ。璃鈴も、こんな風に急にこの里を離れることになろうとは想像したこともなかった。  璃鈴たちを見送ったのは、里のみんなばかりではなかった。  門を出て細くくねった道をずっと降りていくと、あたりを囲んでいた木々が開けて広い村についた。璃鈴が生まれた場所だ。  ここは、輝加国の神族の村だ。神族の娘たちは、十前後になると巫女としての適性を判断される。素質があると思われるものは、この村から里へと移される。そこで二十四、五くらいの歳までを巫女として過ごすのだ。巫女の役割を終えると、里に残って次の巫女たちの世話をするか、再びこの村へと戻るかだ。  その村の周りには大勢の兵士が整列していた。  神族の巫女の里は、国の兵士たちにより守られている。幼い頃には何とも思わなかった風景だが、今見るとまた違った印象を与える。璃鈴はあらためて、巫女という存在の大きさを知った。  村を出る直前、そこに並ぶ人々を見て璃鈴は声をあげた。 「あ!」  手を取り合ってこちらを見上げているのは、幼い日に別れた璃鈴の父母だ。目を真っ赤にする母を、支えるように父が抱いている。会うのは六年ぶりだが、その顔を忘れることはない。璃鈴は、母の腕に小さな赤ん坊が抱かれているのを見て微笑む。 (私の弟なのかしら、妹かしら。一度だけでも、抱きしめたかったわ)  そして、その二人の前には、笑顔で手を振る男の子が一人。 (私が家を出る時は、まだ赤ちゃんだったのに……)  巫女に選ばれたときは、ここに戻ってくることが当たり前だと思っていた。まだ幼かった璃鈴が家族と離れるのはとても寂しいことだったが、巫女の務めを立派に果たし終えた時には、またみんなに会えると疑いもしなかった。こんな風に会えなくなるとはちらとも思っていなかった。  馬車は無情にも、止まることなく彼らの前を通り過ぎていく。璃鈴は、万感の思いを込めてちぎれるほどに手を振った。  隣では、秋華が同じように外に向かって手を振っている。  その影が豆粒のようになって見えなくなるまで、二人は手を振り続けた。そして、村が遠く見えなくなると、抱き合って泣いた。    ☆
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