その声は、本物ですか?

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 俺以外に誰もいないはずの部屋で、はた、はた、と耳に届き、徐々に大きくなるその音は誰かが床を踏んで鳴らしているものだ、と、その主がすぐそばまで来たところで、ようやく気付く。  眼を瞑りながらも覚醒していた俺は鍵の閉まっているはずの部屋に侵入する謎の人物に慄きながらも、可能性のある人物を頭に浮かべていた。決して思い付かないわけではなく、その逆で、その数のあまりの多さに俺は混乱していた。  ゆっくりと薄目を開けると、  蛍光灯から放たれる白い光が眼に飛び込んできて、眉間に軽くしわが寄るのが分かった。室内の明かりを点けたまま眠るようになったのはいつからだっただろう。もう忘れてしまうくらい前だ。馬鹿みたいな罪悪感は持つな、と怯えを隠そうとしない俺の姿に呆れたような言葉を投げたのは、今の仕事のかつての相棒だったが、彼は間違っている。罪悪感ではなく、報復への純粋なおそれだった。  光の眩しさを避けるように天井へと向けられる顔を横へと変え、音の主がいるはずのそこには誰もいなかった。目の先にあったのはいつもその場所に置かれている屑籠で、溜まったゴミの一番上には、先日捨てたばかりの病院で渡された白い紙の小袋があった。 「あなたは死にたいのですか?」  俺よりも一回り近く若いだろうその医者の強い口調には、本心から俺を心配しているような色合いがあり、俺も真面目に答えなければいけないな、と思って、 「それも、いいかもしれませんね」  と返した。
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