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そんなプレゼント1
彼は階段を軽やかに駆け登る人だった。俺はそんな彼を横目にゆっくりと階段を降りていく。
上靴が緑色だったので彼はいっこ下の二年だろう。
彼とすれ違うのは決まってお昼休みの南棟三階の階段で、見かけるといつも彼は走っていた。
それが教師に見つかるたびに「廊下は走るな!」と怒られて、怒られるたびに「サーセン!」と謝ってまた走り出す。
俺はいつもすれ違いざまにその光景を眺めていた。
今日もそんな彼を横目にすれ違う。
「チャッス!」
ドキリとした。
いつもすれ違うだけの彼が急ブレーキをかけるように立ち止まり、俺に挨拶をして来たのだ。
「……こんにちは」
「先輩! どこ行くンっすか?」
「図書室……だけど」
「本、好きなンっすか?」
夏は涼しく冬は暖かい。そんな図書室は昼休みの昼寝に最適な場所だ。
高校卒業後の進路は専門学校と決めているので特に受験勉強は必要ない。
ただ卒業までの日数を大人しく粛々と過ごせばいいのだから。
「いや別に、静かだから」
「じゃあ屋上、俺と行きませんか? 鍵、パクってきたんで!」
「え、ええ……?」
「たぶん今日の屋上、いい感じに日向ぼっこできるっすよ!」
そうニンマリとした笑顔で誘われて、なんとなく駆け足でついて行った屋上はほどよく日が照り暖かかった。
彼は少しへこんだフェンスにもたれかかって、持っていたビニール袋から焼きそばパンと牛乳を取り出すと、勢いよく焼きそばパンにかぶりついた。
「あ、俺ね、上村って言います! 先輩は?」
もしゃもしゃと焼きそばパンを頬張りながら彼、上村は言った。
「水田……」
「水田先輩は昼飯、食ったンっすか?」
腹も空いてないし、朝コンビニに行くのが面倒だったので食べ物がない。学食は混みあっているのでカンベンだ。
「今日は別にいいかなって」
「あーそれ、いけないっすね! いっこパンあげるっすよ!」
突然持っていた学食のビニール袋をガサガサしはじめた上村を俺は止めた。
「え、いいよ。いらない」
「甘いのとしょっぱいの、どっちがいいっすか?」
聞いてないのか、逆に質問をされる始末。
「……しょっぱいの」
「じゃあコレ! めんたいフランス! 学食のコレ、うまいンっすよ!」
ペーストになった明太子が塗られたフランスパンの入った袋を渡された。
正直、俺はパンより米派だ。
それでも食え食えという眼差しを向けられると、食べないのも申し訳ない気がしてくる。
袋を開けてめんたいフランスをひとくちかじると、口の中にじわっとバターと明太子が広がった。
「うまい……」
「でしょ?! それ、めっちゃ好きなンっすよ!」
「なんか悪いね」
「いいっすよ! そんかし、先輩が卒業するとき第2ボタンください!」
そう言って笑った上村がなんとなくおかしく感じて、俺は笑って言った。
「なんだそれ」
「……冗談っす!」
その日から俺は上村と、昼休みに屋上で飯を食うようになった。
上村がパンを食べる横で、俺はコンビニのおにぎりを食べる。
上村と昼飯を食べるようになって、どうでもいいと思っていた学校が楽しくなった。気がする。
本当はひとりの方が楽だし好きなはずなのに、上村は俺にとってまるで空気や水みたいな感じがしてくる。
一緒にいて楽しいし好きだ。
ラブじゃない。ライクの方。たぶん。
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