001.雨が足りないビニール傘のしたで

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 的確に心証を述べようとする円佳の物言いは相変わらずで、思考の速度が遅いというか、思考のための語彙力が足りていないというか、なにかと鈍感でなすがままでいるわたしはいつもはっとさせられる。 「それは、淋しいね」 「ね。あんなに一緒に過ごしたのにさ。ちなみにわたしはね、陸部のことはぜんぜんだけど、ういちゃんが窓辺にいた姿はよく憶えてる」 「え、わたし?」 「だって図書室来るなり窓に直行してたじゃん。扉入って正面のとこの窓。椅子持ってきて、そこで膝立ちしてさ。ういちゃんは本より外見てるほうがすきなんだなっておもってた。ま、あの部活にガチで本がすきなひとなんていなかったけども」  お待たせしましたぼんじりとねぎまです、と注文していた焼き鳥を店員さんが卓に置き、すみませんピーチサワーひとつ、と円佳がすかさず追加の注文をする。店内は話し声で満たされていて、けれど、誰が誰になにを話しているのかはちっとも聞きとれなかった。こうしてわたしは、ほかのお客さんたちの一切合切を忘れて、円佳とはじめてのお酒を飲んだということだけを憶えているのだろう。  おもいでのすれ違い。  葵はどれくらい憶えているのだろうなんて、わたしはいつでも葵のことを考えている。答えがわからないからいくらでも考えてしまえる。  おもってしまっていた。  焼き鳥チェーンから出ると湿気を含んだ夜風が火照った頬を撫ぜて、意識ははっきりとしているけれど身体のほうはちゃんと酔っているのだなと気がついた。ん、と円佳が両の手の指を組んで、腕をあげて伸びをする。 「お腹重いや。ちょっと食べすぎたかも」 「わたしもお腹ぱんぱん」 「お酒入ると笑いやすくなるとか泣きやすくなるとかあるけどさ、ういちゃんとわたしは食欲が増すタイプなのかもね」 「食べ上戸?」  ぶふ、と円佳が吹きだす。 「え、笑うところあった?」 「上戸ってお酒がいっぱい飲めるひとって意味だから、食べ上戸だとめっちゃ飲み食いしてるなとおもって」 「ああ、そういう」  説明をしたあとも円佳はくすくすと笑いつづける。案外笑い上戸なんじゃないかともおもったけれど、円佳がことば尻をとるようにして笑ったり怒ったりするのはいつものことだから酔っていてもふだんと変わらないのだなともおもう。
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