001.雨が足りないビニール傘のしたで

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 ちょっと休憩しない、と円佳が言いだして、駅ビルのなかにあるチェーンのカフェに入った。夜も遅くなって閑としているカフェはコーヒーのにおいがほのかに漂っていて相応の雰囲気があり、さっきまで飲んでいたわたしたちの、お酒というのか、汗くさいというのか、加えて焼き鳥屋の煙たいにおいとが混じりあった体臭を嗅ぎとられたら恥ずかしいなとおもう。お腹がいっぱいだとあんなに言っていたのに、円佳はキャラメルラテフラッペとバナナケーキを、わたしはコーヒーフロートとチョコレートワッフルを注文して窓辺の席に並んで掛けた。どうやらわたしたちはほんとうに食べ上戸らしい。  街灯や、部屋の明かりや、ネオンが、世界に降りた夜を灯して浮かびあがらせている。 「この辺も変わったよね」 「え、そう?」 「変わったよ。あそこの塾とかさ」  円佳が夜景のうちの、建物の窓ガラス一枚につき個・別・指・導と一文字ずつ書かれている建物を指さした。入り口の前にはそこの生徒のものとおもわれる自転車がぎゅうぎゅう詰めに停まっている。 「高等部に通ってたころはコンビニだったし、あっちの本屋さんも潰れて薬局になってるし。で、本屋さんの上の階は前から焼肉屋さんだったけど、別のチェーンじゃなかったっけ? ちょっと高いお店に変わってるよね?」 「ああ……」  そういえば、そうだった。お店が潰れたときには通っていたわけでもないのになんとなく悲しんで、新しいお店がやってくると見慣れない景色にしばらく違和感を憶えていたというのに、いまのいままですっかり忘れていた。  記憶はこんなにもたやすくて、脆い。 「なんか、ひさしぶりに来る場所って間違い探しばっかしちゃって嫌だな」 「それはまどちゃんの記憶力がよすぎるのでは」 「記憶力の問題っていうか、記憶がとまってるんだよ。時間が流れるのをやめちゃった感じ」 「ほう」  時間が流れるのをやめる、とは。円佳がむつかしい言いまわしを使うので理解が追いつかない。もどかしい、とおもう。わたしの周りにいるひとたちはわたしの何十倍もものを考えていて、同い年の円佳でさえもうんと先を歩いているような気がした。そうしてその場でずっとのたうちまわっているわたしはどんどん置いてけぼりにされていく。  コーヒーフロートに挿したストローを咥える。ガムシロップが入っていないらしくひどく苦かった。  ――急に負けるんだよね。
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