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夏休みが明けたころだ。学校終わりに駅までの道のりを歩いている最中に雨が降りだして、ちょうど通りかかったコンビニに逃げこんだ。ジュースやお菓子の棚を物色しつつ、夕立だからすぐに止むだろうと外を気にしていると雨足は強くなるばかりで、このままでは一向に帰れそうにないからどうしようかと悩みはじめた、そのときだった。
「そこの彼女」
自分が呼ばれたとはつゆともおもわず、ただ声がしたから目をあげると、おなじ学校の高等部の制服を着たひとがわたしのことをまっすぐに見ていてうろたえた。面長のマッシュショートで、背が高い。
こっちは相手が誰だかわからなくて不躾なくらいにじろじろと観察しているし、むこうはむこうで目をそらさないから、おのずと視線が合った。
「えっと……」
低すぎず高すぎない落ち着いた声は、まるで少年みたいだった。
「いつも陸部の練習見てるひとだよね? 図書室から」
「あ、はい」
こうも簡単に返事をしてしまってから目の前にいるそのひとこそがいつも眺めていた槇野葵なのだと気がついて、顔がどんどん熱くなっていった。どうして話しかけてきたんだろう、というか見ていたことに気づかれていたのか、それよりもこの口振りは陸上競技部にわたしの顔が知れ渡っているということでは、なんて混乱がわたしの頭のなかで渦巻いた。
「あ、ごめん。急にびっくりしたよね。自分は高等部二年C組の槇野葵っていいます。陸部やってて、その、図書室のひとだなって」
「あ、はい……」
図書室からでは陸上競技部員の顔なんてあまりわからなかったのに、グラウンドからだとわたしの顔がはっきりと見えたのだろうか。後から訊いてみると、なんとなくわかった、のだという。葵はいろいろと勘がよかった。
「えっと、傘。よかったら一緒に使わない?」
「え?」
葵の手には黒い、質素でなんの可愛げもない折り畳み傘があった。
「外、見てたから。雨で帰れないのかなっておもって」
「え、っと……」
「あ、折り畳みじゃ小さいか。ちょっと待ってて」
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