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わたしが返事に困っているあいだに会話がひとつ先に進められて、葵は自動ドアのすぐ傍に陳列されていたビニール傘を手に取ってレジにもう並んでいる。あっという間に遠ざかっていった姿はいつもとは違う格好ではあるものの見慣れた背格好で、安心するような、あのひとがほんとうに実在するのだと不思議なようなきもちがした。学園のなかでもほとんどすれ違うことのない高等部生の、あのよく跳ぶひとがまさか目の前に現れるとはおもっていなかったし、中等部生のわたしの存在に気づいているなんて考えたこともなかったのだった。
葵がお金を払っているのが後ろ姿でもわかってはっとした。あのひとは折り畳み傘を持っていたのにわたしのせいで新しい傘を買っている。そんなことにようやく気づいたときにはすでにレジから踵を返しているところで、手首にビニール傘の持ち手を引っ掛けてこちらに戻ってくるところだった。わたしはスクールバッグから財布を取りだして中身を確認する。千円札はやっぱり入っていない。小銭は百円玉が四枚と十円玉が二枚、一円玉が四枚。コンビニのビニール傘は一本何円だったっけ。五百円はするんじゃないのか。中等部生時代はこれといって欲しいものがなくてお金をつかう用事がなかったくせに財布のなかはいつも寂しかった。
「お待たせ」
「あ、あの、お金」
「ああ、いいよ気にしないで」
払います、と最後まで言い切る前に遮られてしまう。
「長い傘買わないとなっておもってたところだったから」
「や、でも……」
「まあ、いきなり上級生に奢られたら怖いよね」
困ったように笑う顔までもいたずらじみていて、それがまた美しくて、このひとには敵わないなとおもった。生きていくなかであるできごとの主人公になれるひととそうでないひととがいるとしたら、槇野葵は間違いなく前者だ。見た目も、人柄も、部活動での功績も、すべてが華々しく感じられた。憧れていた、のかもしれない。
じゃあ、と葵が切り出した。
「百円だけもらってもいい? 後味のわるい善意になるのもあれだし」
「は、はい!」
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