フェアプレイ

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 黒瀬川がIT関連のベンチャーを起業したのは23歳のときだった。東大の研究室時代の先輩と二人で興したベンチャーだ。先輩はそのとき26歳。黒瀬川は寝食を忘れる勢いで仕事にまい進した。  順風満帆の経営とはいかなかったが、東大出身者のネットワークでそれなりに仕事が回ってきたのでまずまずの業績だった。従業員10人、派遣社員15人という規模まで成長させたが、ある中堅の証券会社との取引が命運を分けることになった。  顧客管理のための新しいシステムの開発を頼みたい。  業界ではそこそこ名の知れた証券会社だった。  起業してから初めての大きな仕事であり、二人は力が入った。既存のシステムの改良ではなく、全くの新しいシステムを開発する仕事である。その場合、開発したシステムは長期間にわたって保守契約を結ぶことが期待できる。それが商慣習だ。将来の安定経営のためにはこれ以上の魅力はない仕事だ。きちんと仕上げれば金融業界の中でも名が売れ、新たな仕事がくる可能性も高い。  この仕事をステップに一気に拡大路線の波に乗る。  二人の夢は膨らんだ。  黒瀬川は事実上の責任者として日々、現場に通い業務を指揮した。エース級のエンジニア3人のほか、派遣のエンジニア5人を専任として現場に常駐させた。社を挙げての総力体勢だ。  発注する側の証券会社の担当者は、政府の金利政策のせいで経営が厳しい。予算は限られてれているので、とにかく安く抑えてくれと厳しい。ただ、御社との付き合いはこれから長くなるだろうとも言う。アメとムチを巧みに使ってくる。黒瀬川たちは将来の保守契約をを期待して赤字覚悟で契約した。  開発に没頭する日が続いた。徹夜も辞さない日が続く。  証券会社の担当者の機嫌を損ねないように丁寧に打ち合わせを重ねる。どんな理不尽な要求を突きつけられてもここは我慢のしどころだ、と社員達に言い聞かせた。激務に耐えられず体を壊す社員が出ると自らその穴埋めをし、不満の声があがれば笑顔をつくり宥める。そんな日が一年近く続いた。  そして依頼どおりの仕事を成し遂げた。
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