フェアプレイ

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*  JR大船駅近くのホテルの宴会場。  立食パーティーの会場は熱気に包まれていた。毎年恒例の会ではあるが、今年は例年とは違う熱い空気が立ち込めている。  会場には20代から70代までの男たちが百人以上。皆、一様にほほが緩んでおり、興奮気味だ。  なにしろ初のベスト16進出だからな、という誇らしげな声があちらこちらから聞こえてくる。全国一の学校数を誇る神奈川県の高校野球秋季大会でのことだ。進学校の硬式野球部が予想外の好成績を残した。  それは地元ではちょっとした話題となり、地元の神奈川新聞やテレビ神奈川のニュースでも取り上げられた。  光陽学園高等学校。  東大進学率で全国の高校の中で常にベスト5に入る。いわゆる『超』のつく進学校だ。中高一貫の男子校であり、各学年の生徒は300人。そのうちおよそ100人が東大、京大、国立大医学部へと進学する。浪人組も合わせればひと学年の半数近くが東大・京大へいくことなる。  ITベンチャーから転職した黒瀬川は29歳となり、この高校の数学の教師となっている。  世間ではほとんど知られていないがこの進学校にも硬式野球部がある。注目度はゼロに近い。今、黒瀬川は若さと野球経験を買われて野球部の顧問をやっている。  部の歴史は学校の歴史と同じくらい古い。といってもほとんどの年が一回戦負け。くじ運良く相手に恵まれればせいぜい2回戦進出といったところだった。グラウンドでの練習は平日1回に土日のうちどちらか1日。週に二回だけだ。そのうえ定期テスト前の一週間とテスト期間中、計2週間は部活動は全て禁止されている。普通、野球部の部室と言えば『目指せ、甲子園!』とか『一球入魂』といった勢いのあるスローガンが掲げられているものだが、ここの部室のスローガンは『怪我をしないプレー』。怪我をすれば受験勉強に影響するからだ。
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