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男は、初老の男。職業は神様。
彼は最近は、暇を見ては小説を書いて方々の文学賞などに応募したり、小説投稿サイトに載せたりしている。
彼の書く小説は一貫して「○○の人生」とか「○○の生涯」とか云う題名が付けられていて、主人公の人物の人生がかなり事細かく書かれた話になっている。
だが、今まで彼の小説が高く評価されたことは無い。投稿しても、大体は何の返事ももらえず。つまりコンテストについて云えば落選続きという意味である。
あるとき、とある出版社の編集者を名乗る荒川という男から神様にメールが届いた。
「これは、もしや何かの賞の1次審査でも通った知らせか!」
神様は一瞬ウキウキしてメールを開いた。そしてそのメールを読んだが、それは別に、神様に何かいい知らせを伝える内容のものでは無かった。
それは、荒川から神様への、小説についてのアドバイスを書き連ねたメールだった。
もう何年にも渡り、その出版社が絡む文学賞に作品を応募し続けていて、しかも一次審査も通らず落選し続けている神様に、荒川は何らかの心情を掻き立てられて、神様に対して「私的なアドバイス」をメールにしたためて送ってきたのだ。
荒川のメールには、まず冒頭に、ふつうは応募者にいちいちメールでアドバイスなどしていないということや、長期にわたる神様の行動に対して私的に思い立ってこういうメールを書いたと云うことが説明されていた。
神様はそれを読んで、それだけでも嬉しく思った。賞に落選するのは、ふつうは何の連絡も無いから、ただ原稿の送りっぱなしであり、何がどう悪いのかも何も分からないものだったから、それを聞かせてもらえるだけでもありがたいものだと思った。
荒川の、神様の小説に対するアドバイスは全体として厳しい内容のものだった。
「落選した小説への感想なんだから、当然だな」
神様は荒川の指摘に一つ一つ納得した。
荒川の指摘はまず「文体が古い」というものだった。どの年齢層とか男女とか、ターゲットにする相手をきちんと想定して、そういう相手が読みやすい、受け入れやすい文体で書くようにと勧めていた。
「そうか。そうかもしれないな。文章もそうじゃが、私は考え自体も古くなったかも知れないな」
神様は椅子に座ってメールを読みながら、少し心寂しいものを感じた。
次にタイトルがよくないと書いてあった。小説の中身がよければタイトルはあとからいくらでも変えられるが、それでもまず最初に人を惹きつける、読んでもらいたいという考えの籠もったタイトルを考えて付けるように書いてあった。
確かに神様が書く小説の題名はすべて「○○の人生」のように一貫している。それはそれでいいが、タイトルが読者に重さを感じさせて、気軽に手に取って読んでみようという気を起こさせないと指摘されていた。人の人生にだって色々あるのだから、もっと違う角度から興味を引くタイトルがいいという。そして、そういうタイトルを付けることで、小説自体の内容もそれに連れて変化を付けられるはずだとも書いてあった。
「なるほどなぁ。人生は、どの人にとっても同じく「人生」だが、その人生の中身を感じ取り、どう思うかは人それぞれ、というわけか。私は、漫然と人の人生を書いていた、ということかいなぁ。……次々と書いてばかりいるからナァ」
神様はそこでしばらく感慨に耽った。
荒川の指摘は、神様の小説の一番の問題として「キャラが立っていない」「もっと魅力を感じるキャラを構築して書くように」と書いていた。
神様の小説は「○○の人生」などと重々しい感じのタイトルのわりに、主人公の人生は平凡で誰にでも起きるような出来事ばかりが並べられていて、読み手に感動を与える様な部分に乏しい、そんな指摘も書いてあった。
「そうか。私は、波風の少ない平穏な人生こそが人の求める代表的な幸福と思っていたが、それは傍目に見ると『つまらん』ということか。眺める他人の人生は波乱に満ちたのがよくて、自分の人生は穏やかにか……難しいもんだなぁ」
神様はそこでまたまた感慨に耽った。
神様は荒川にアドバイスをくれたことへの礼のメールを送った。
神様は、荒川からのそのアドバイスに従って、また小説を書いてみようと思い立った。
「今度こそ、1次審査くらいは通過してみせるぞ!なにしろ、私には時間だけはたくさんあるからナ」
彼は机に向かい、紙とペンを用意した。
彼は小説を書き出す前に、一つ思いつくことがあった。
「ええと、荒川さんの人生は……と」
神様の手許に「荒川の生涯」という一冊の紙束が現れた。
「ふむふむ。荒川さん。ずっとこの出版社で本の編集者として働いて……、老人ホームで82才没 生涯独身……そうだったか」
神様は荒川の生涯をなぜいかなる理由でこうしたかはまるで覚えていなかった。
「せっかくアドバイスをもらったからな、もうちょっとキャラを立てて波瀾万丈に何かイベントを追加してみるか。そうだな、生涯独身というのも、ただ女性にモテず縁が無くて、とかいう理由じゃなくて、大恋愛の末に……」
こうして神様は、荒川の生涯をせっせと組み立て直し、それを小説にした。
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