妖(あやかし)

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「感謝してますよ~。――う~ん、なんかさあ、掃除って人生に似てるよね?」 「――ん?」  唐突な設問。二つに共通項を見つけることができなかった。 「ひたすら繰り返し。汚れて綺麗にして、また汚れて――。かといってサボったら、どんどん溜まっていって、借金みたいに膨れ上がっちゃう。だから怠けられないし、やめられない。太陽が登って沈むみたいな、終わらない同じ作業の繰り返し」 「そんなこと考えてもみなかったけど、たしかにそうかもね」  まるで平凡な日常がひたすら続いていくように。繰り返していくように。 「僕の(あやかし)退治も同じかも」  いつになったら終わるのだろう?  なんて考えることもある。  でも、終わりなんてないんだ。(あやかし)は今日もどこかで生まれて消えていく。 「掃除はそうでも、名雪さんの厄難は今日で終わりだよ。もう呪いは解けたから。香水も、もうつけなくていいんじゃないかな?」  何気なく口にした。自然な香りのほうが僕は好きだ。 「……えっ?」  しかしながら、感情を失った彩加の表情が、こっちを向く。そんなに意外なことをいっただろうか? 「だって、(あやかし)の匂いを隠すためだったんでしょ?」  その瞬間に、彩加の両頬は桃色に染まり上がった。 「えっ……ええっ!? あの匂い、まさか消せてなかったのぉっ!?」 「え!? ――あっ……えと、僕にはちょっとだけ……わかってたかな」  しまった! 女の子には失言だったと、今になってわかる。 「まあ、本人は自分の匂いに鈍感だからしょうがないよね」 「いや本人の匂いじゃないよ!? あれは(あやかし)の匂いだからね!?」  鬼気迫る形相で詰め寄られた。まるでフォローにならなかったらしい。  ただ――(あやかし)の抜けた彼女からは、以前とはまた違った香りがして、僕はどぎまぎした。 「だっ、大丈夫! あの匂いはたぶん、(あやかし)が認識できる人にしかわからなかったはずだから」  緊張感に耐えられず思わずそういったが、どうなんだろう?  あとでおじいちゃんに訊いてみよう。  それよりも女の子って、近づくだけでいい匂いがするんだな――。  すでに彩加は香水の匂いを落としていたが、僕にとって、そんな作られたものよりもずっと、彼女本来の香りのほうが魅力的に思えた。そんなこと、口にはできないけれど。  彩加を宥めるのは大変だったけど、ゴミ屋敷を含めてこの出来事は二人だけの秘密ということで、とりあえずの解決を見た。 「――さて、じゃあ帰ろっか。ねぇ、もうちょいだけ、片づけ手伝ってくれない?」 「ええ……。――でもまあ、いっか」  奢ってもらったし。  コーヒーを飲み終えた二人は、寒空の下帰路につく。もちろん空き缶は、きちんとゴミ箱へ捨てて。  このあと彩加とは、互いに下の名前を呼び合って、一緒に(あやかし)退治をするようになるのだけれど――それはまた、別のお話――。
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