深淵の孤独

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『宮下紗弥加、既に殺されていると俺は予想しているんだけど、龍平はどう思う?』  夕食後、筧から送られてきたメールにそう書かれてあるのを見て、誇張でも比喩でもなく、腰を抜かしてしまった。それでいて、階下まで響くような物音が発生しなかったのは、たまたまベッドの傍に立ってメールを読んでいて、マットレスに体を受け止めてもらえたからに他ならない。  心臓が今にも壊れそうに拍動している。ケータイは開いた状態で手に持ったままだが、画面を再び見る勇気は湧かない。何が起きたのか、理解が追いつかない。  筧が宮下紗弥加の事件に触れた? 断言こそしていないが、殺されていると予想している、だって? 筧はどういう形で事件に関わっているんだ?  心が一定の落ち着きを取り戻すまでには、数分の時間を要した。ひとたび落ち着くと、疑問の正答は呆気なく明らかになった。  筧は以前から、危険なものに深い関心を抱いている。小学生の頃は、僕や谷口を誘って空き家に侵入する遊びを好んでした。家族や教師には内緒でナイフを蒐集する趣味は、今でも続いている。全国ニュースのトップで取り上げられるようなセンセーショナルな事件について、熱く語ることもある。中でも印象的だったのは、三年前にJR大阪駅で発生したテロ事件。化学兵器を散布したのがカルト宗教団体の仕業だと確定するまで、犯人の正体について熱心に考察していた。  そのような嗜好を持つ筧ではあるが、僕は彼が異常だとは認識していない。狂気や凶器に大なり小なり興味を持つのは、思春期の男子にとっては普通のことだからだ。  もう一人の友人である谷口も、僕と同じ認識だと思われるが、谷口は広義の「普通」から外れた趣味嗜好を見下している節がある。筧もそれは重々承知しているから、血なまぐさい話をする相手としては、谷口よりも僕が適役だと考えたはずだ。気の置けない友人とはいえ、体調が悪くて休んでいる人間にその手の話をするのは憚られた。しかし本日の通話により、体調が快復しているという確認が取れたので、メールを送った。そんなところだろう。  メールには続きがあった。 『殺されているのだとしたら、死体はどこへ行ったんだろうな。ぱっと思いついたのは、髪尾山の湖。あそこ、投げ入れたものが消えるって言われてるじゃん? だから、犯人が地元の人間だったなら、その噂を信じて湖に捨てたのかもしれない。でも、警察だって、被害者が髪尾山で遭難した可能性は視野に入れているだろうから、既に捜索済みだと思うんだよね。それなのに報道されないってことは、湖に死体はなかったってことなんだろうな』  髪尾山は、僕たちが住む街の郊外にある小高い山だ。あまり大きくない湖がある、という話は聞いたことがあるが、僕は足を運んだことはない。筧は友達と遊びに行ったことがあるらしく、いつの日かその時の模様を語ってくれた。「投げ入れたものが消える」と噂されている湖は、底が見えないくらい水深が深く、それが噂の由来になったのだろう、という話だった。  宮下紗弥加の頭部は、その湖に遺棄すればいいのでは?  そんな考えが頭を過ぎったが、恐らく、「警察」の二文字が文章中にあったせいだろう。警察官が山中に潜み、遺体を捨てに来る犯人を待ち伏せしているイメージが強く訴えかけてきて、とてもではないが妙案だとは思えない。  頭部をどう処理するかの判断については、保留にしよう。  今は北山のことが先決だ。持ち帰ってしまった宮下紗弥加の頭部。宮下紗弥加を殺した犯人かもしれないクラスメイト。両方の相手をしていては、心が保たない。
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