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 いい名前だね、とか、可愛い名前じゃないの、なんて何度も言われた。けれど、そんな甘いにおいがするだけの言葉は、少しも「直子」を納得させてくれなかった。  そんな「直子」がこの世でもっとも忌み嫌うものが、自己紹介だった。それは大抵、桜が咲く季節にやってくる。だから、「直子」は春が嫌いだった。  みんなが、「吉村直子」という名前にフォーカスを合わせる瞬間がくるのだと思うと、ぐっと声が小さくなってしまう。そのせいで何度も聞き返されたり、教師が満足する声の大きさになるまでしつこく繰り返させられたりして、ますます嫌いになっていくという悪循環。  高校に入学して、最初のホームルーム。担任の教師は満面の笑みでこう言った。 「じゃあ、入学式の前にみんなで自己紹介をしましょう」  「直子」はぎゅっと目をつぶった。日本の悪しき慣習め、消え去ってしまえ。まるで悪魔祓いでもするかのように、心の中で呟いた。さらに最悪なことに「吉村直子」の出席番号は最後だった。誰よりも注目されるか、みんな飽きてしまって誰も聞いていないかのどちらかだろう。せめて後者であることを「直子」は願った。  その間にも、自己紹介は順調に進んでいた。ぼそりと名前だけ言って座る不良っぽい男子もいれば、「彼女募集中でーす」なんて言って先生に注意されるおちゃらけた男子、立ち上がっただけで教室がざわめくような可愛い女の子もいた。そして、聞こえてくる名前たちはみんな、きらきらと輝く宝石のようで、順番が迫るにつれ、「直子」の気持ちは、ずん、ずんと重くなっていく。
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