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「あら、おかえり直子。マフラーだけじゃ寒かったでしょ。明日からコート着ていきなさいよ」
家にいるというのに、母親の雅美は部屋着の上にフリースを着込み、もこもこのルームシューズをはいて、足首にはレッグウォーマーまで着けている。さらには、部屋着の下には腹巻きをし、暖かいスパッツも身に着けていることをナオは知っていた。寒さが厳しくなるにつれ、雅美が着るものはどんどん増えていく。
「ほら、こっち来て暖まりなさい」
「いらない」
「あんたはもう。女の子が体を冷やすのはよくないのよ」
「大丈夫だってば」
雅美の言葉を振り払って、ナオは二階にある自分の部屋へ逃げ込んだ。あんなみっともない恰好をするくらいなら、凍死したほうがましだ。
制服を脱いでハンガーに掛ける。冷たくなった制服からは、少し甘い冬のにおいがした。
ぶーん、と蜂の羽音のような音が聞こえる。見れば、ベッドの上に放り投げたスマホが、メッセージの受信を知らせていた。画面をオンにすると、表示されたのは、朔矢の名前。それを見た瞬間、何か重たいものを飲み込んだように、ナオの胸がずんと沈み込んだ。
『部活終わったー。明日は一緒に帰ろーぜ』
素早く指を滑らせて文章を打ち込む。
『ごめん、明日の放課後は遊びに行く約束しちゃったからムリ』
まったくの嘘だった。でも、これから約束すれば嘘にならないし、と強引な理屈をつけてナオは自分を納得させる。送信すると、すぐに朔矢から返事があった。
『えーまじ? 残念。じゃあ明後日』
『わかった。りょうかい』
嘘をついたお詫びに、文末にハートマークを三つ付けて、ついでに投げキッスをしてるウサギのスタンプも送っておいた。ナオは、ころりとベッドに横になると、天井を見上げた。
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