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「今日はピアノがあるから早く帰らなくちゃ。もうすぐ発表会だから、ちょっとは真面目にやらないと先生に叱られちゃう」 「ふぅん。発表会って誰でも見に行けるの?」  クラシック音楽なんてちっとも興味はないけれど、一度くらいミカの指先から生まれる音を聞いてみたかった。 「うーん、どうだったかなぁ。でも、コンクールじゃないからきっと退屈だよ。ずっと同じ曲が続くこともあるし。出てるほうだって飽きちゃうくらいなんだから」 「でもさ、ああいうのってお姫様みたいなドレスなんか着るんでしょ。あたし、見てみたいな」 「ご期待に添えなくて申し訳ないけど、せいぜい、ちょっと気合いの入ったワンピースってとこだよ。ま、先生に聞いてみるね」 「頼んだ」 「りょーかい。ナオも見に来るんだったら、もうちょっと練習しなくちゃなー。がっかりされたくないもん」  ミカが両手をポケットから出すと、見えない鍵盤を叩くように白い指を踊らせた。まるで世界の音――風の音や、車の走る音、乾いた落葉の音、誰かの笑い声、足音、そんなものたちすべてが、その指先から生まれているようだった。  発表会までに、ちょっとくらいはクラシックの勉強をしておこう。ベートーヴェンの「運命」、ジャジャジャジャーン、を頭の中で鳴らしながら、ナオはそう思った。
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