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どうやら恋鐘はかなり忙しいみたいで、私の前でよく愚痴をこぼしてくる。それが、学校であった出来事を報告してくるようで、愛おしくてたまらなかった。
前担当の子は、いくら観察しても手法を試しても反応を示さない私と、成果を出せない自分に追い詰められて精神的に参ってしまったらしい。そして、彼女の残した記録の中で、私が娘のことに関してだけは興味を示していることが残っており、恋鐘がやってきたということらしい。
前担当の子には悪いが、私はあの子には全く興味がなかった。真摯になって私に接してくれたが、やっぱり愛を持たない人間はどこか機械的で、私も優しくはなれなかった。愛を与えることはできなかった。
愛を知らないのだからここら辺の塩梅は分からないのは当然。そして、担当が恋鐘になったとたん、この変貌なんだから彼女が忙しくなるのも当たり前なのかもしれません。
「また先生に怒られたの。提出した経過報告が雑すぎて読めたもんじゃなかったって。前の担当のやつを見せてもらったけど、綺麗だし分かりやすかった。私より優秀だなーって思った。……なんでお母さんはあの子には優しくしなかったの? 私より優秀な子なのに?」
「それは、貴方が特別だからよ。字が汚くたって、文章にまとまりがなくたって、周りが見えなくてよく人にぶつかったり転んだりしたり、書類を無くしたりしたり。私は、そのすべてが大好きなの」
「それが愛?」
「そう。……さぁ、ここもメモしないと。こっち来て、紙を見せて。一緒にメモの練習しましょ」
「……うん」
この通り、恋鐘は数日でかなり砕けた感じになった。でもそれは、その方が私の反応がいいからなのかもしれない。それか、初めての時は緊張してたのでしょうか。
恋鐘が私の傍まで寄ってきて、ベッドの上に腰を下ろしました。私はその後ろで、彼女とその手元を見下ろしながら、メモをするのを見守ります。年相応な線が迷子の文字達。恋鐘自身でもこれは読めないんじゃないかと面白くなってしまいます。
そうやって、彼女と一緒の空間で母親らしく見守ることができるそれだけで、やはり涙が出てくるのです。
この子を奪われたあの日から私の愛は死んでいたのですから。この世界に本当に愛がなくなっていたのですから。こうしてまた彼女が、愛が、私の元に戻ってきて心を温めるのですから、今まで冷えて凍り付いていた涙が流れ始めるのも、抑え効かないことなのです。
そうして、また私の心を突き刺す痛みもこの涙の成分であることを私は知っています。きっとあの時、この子を奪い返してずっと一緒に入られたなら、彼女も愛を持っていたはずだと思うのです。
そんな罪悪感からかついつい、彼女に「ごめんね」なんて唐突に言って驚かせてしまうのです。
「私は恋が分からないけど。多分、このメモを提出し続けたら、先生たちが恋を解明してくれるはず。そうしたら、またこの世界に愛が溢れるんだって。それでね、皆の寿命が増えるし、生産性も増してより効率的に世界が動くんだって。この世界がもっとより良くなれるんだって。だからね、私頑張る」
そういって真剣に私の教え聞いて、より良いメモを取ろうとする恋鐘。なんて健気で愛らしいことでしょうか。
私は、おもむろにその後姿を抱きしめて、頭を撫でてしまいました。そして、やはり涙が止まりませんでした。
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