0人が本棚に入れています
本棚に追加
ある日、恋鐘は不思議なものを持って私の部屋にやってきました。それは、輪っかを作ったロープ。まるで、首つり自殺に使うような、少女が持つにはあまりにも不気味な一品でした。
「ねぇ、恋鐘。それはなあに?」
思わず私が聞くと、彼女は何でもないようにそれを持ち上げて私に見せつけました。そして、彼女もそのロープを見て渋い顔をするのです。まるで、悩みの種といいいますか、厄介ごとの一つのようです。
「昨日、前任者の子が自室でこのロープを使って自殺したの。自殺者なんてここ数年で、一人も出てないのに。ていうか、そんなに捨てるほど私達に寿命は無いのに。だから、先生たちは【恋】と関係があるんじゃないかって、資料としてくれたの。……やっぱり、気になるの? これ?」
「ううん。それ自体にってより、貴方がそんなものを持っていることが気になったの。そう、あの子。死んじゃったんだ」
ズキリと心が痛みました。そう、簡単に言いますが、このズキリにはとても複雑な感情が混じっているのです。黒ですが、純粋な黒ではない、青や赤や白が混じった真っ黒です。
はて、私はあの子に対して愛を見せた覚えはありません。そもそも、恋鐘との再会まで私の愛は死んでいたのです。それなのに、その報告が恋鐘ではない人から聞かされてもこの感情は抱いていたような気がするのです。この罪悪感は何でしょうか。いや、これは罪悪感なのでしょうか。
興味のない機械を捨ててそれが壊れたって。なにか心痛むことがあるでしょうか。
どうやらさすがの恋鐘も、私の狼狽を察したようでその次の日からキーアイテムのように、そのロープを携えてくるようになりました。そして、そのロープを見るたびに私は心がざわつくのです。
「お母さん、本当にこのロープに何も無いの? やっぱり様子が変だよ。なんか、よくわからないけど先生たちも、数値的な変化が見え始めているみたいなこと言ってたよ。科学が証明してるんだよ?」
「ごめんなさい。お母さんも、よくわからないの。何かわかったらあなたに教えてあげるから」
「分かった。約束だよ」
たしかに 私は世界最後の【愛】を持った人間です。だからって私が愛の全てを知っているわけじゃないのです。そう、時折分からなくなるのです。他人から『愛とはなんですか?』と聞かれるたびに、私の中の愛も変化している気がするのです。
そして、ゆっくりズレていったそれを、恋鐘との再会によって元に戻すことができたのです。『そうだ、これが愛だった』と思う瞬間に度々出会うことができました。
しかし、それも本当に【愛】なのでしょうか。私が愛と勘違いしている何かなのではないでしょうか?
部屋の外に目を向けます。発展した都市が向こうに見えます。青空には変わらず雲が流れ、鳥の群れがその空を横切ります。そんな外の世界には人間の愛というものが一切ないのです。その空虚さが、この部屋にじわり、じわりと侵食している気がします。
悪夢の中に現れる悪魔のように、意味も分からず侵してこようとしているのです。
「ねぇ、恋鐘」
「ん? どうしたの?」
「ちょっとこっちに来てくれる」
そうお願いすると、彼女は私の前まで来てくれます。そして、ゆっくりと彼女を抱きしめる。
彼女の匂い、温もり、鼓動。それが直に私に伝わってきて満たされた気持ちになるのです。
その次の日、また変化が起きました。
部屋にやってきた恋鐘は、あのロープを持っていなかったのです。その理由を聞くと、彼女は自分の掌を見つめて、困惑したように困った顔を作りました。
「なんでだろう?」
彼女の言葉を聞いた瞬間。なぜか、背筋を冷やす悪寒が全身を震わせました。何かが起こり始めた予兆に、違いありません。
悪い予兆なのか、いい予兆なのか。それはこの【愛】というもの様に科学を持っても誰もわからないものなのでしょう。
最初のコメントを投稿しよう!