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出征して数ヶ月。
基地へ帰ってきたら
いつの間にか花屋ができていた。
「なぁ、いつ花屋ができたんだ?」
たまたま側に居た見回りの2等陸士が答える
「出征、お疲れさまです 彩准尉。 あの花屋は先月末頃にできました。」
先月末...丁度戦闘が激化していたときだ。
「ありがとう。あと、見回りお疲れさま」
彼は ハッ と短く答えて仕事に戻った。
出征から帰って来たということで特別休暇が与えられた。
私には他の隊員のように会いに行きたくなるような家族や恋人は居ないので基地で過ごす
(別に実家に帰ってもいいんだけどさ...あっ)
ふとあの花屋を思い出した。
(特に好きな花など無いが行ってみるか)
「いらっしゃいませ〜。わぁ、すごいベッピンさん」
店の中には少し間延びした喋り方の男性店員が一人と
「ほぉ...」
壁や天井一面を覆うほどの花。
少しばかり濃淡のある灰色の花が店一杯に咲いている
一つ気が付いた
「赤い花が一本もない」
カーネーションもバラも赤色だけがない。
「べっぴんさん、こんな色が多いのによく気がついたね〜赤い花はお取り寄せって形になるけど注文しま...」
「なんで」
「ん?」
「なんで赤い花が無いんだ?」
「あぁ〜それは
隊員さんの中には血や赤色が少し苦手になっちゃた人も多いから。
そんな嫌な記憶は思い出したく無いよね〜。」
納得した。軍事基地ならではの理由だ。
「他にはどんな色の花が置いてある?」
「それは見てもらった方が早いかな」
店員は壁を指さして
「壁のはドライフラワーで。ピンク、黄色、青、紫、薄緑、白、のバラ。
ピンク、桃色、白、紫、黄色の千日紅。青、水色、淡紫、青紫、白、桃色の紫陽花。」
店員の色白な指が左から右の花へと移ってゆく。
「あれがピンクと淡紫、青紫のスターチス。こっちの黄色いやつはミモ
店員が灰色の小さな花を指差た時、鋭いサイレン音が響きわたった。
「何事だッ!」
昨日の2等陸士が店に駆け込んでくる。
「敵襲です!! 第1火薬庫が爆撃されています!」
「分かった、すぐ向う。戦闘機に消火剤をのせておけッ。それと消化準備も忘れるな!」
(ここまで空襲にくるなんて珍しい...)
ハイッ と返事し2等陸士が駆けて行く。
「べっぴんさんも大変だね! 僕もどっかに避難した方がいいのかな? 」
店員は緊急事態だというのにニコニコしている。
「あぁ、そうですね。地下室とかがあるならそこが良いかと。」
私も消火活動に加わるために店を後にした。
(予想以上に消火に手間取った。昨日の花屋は無事だろうか)
休暇2日目は隣部屋の女性隊員に買い物に誘われたが断った。
昨日は結局花を買えていなかったし、迷惑をかけてしまったので花屋に行こうと思ったからだ。
「あ、昨日のべっぴんさん!かなり大変そうでしたけど大丈夫ですか〜?」
花瓶一杯に入った淡い灰色のバラを抱えた店員が近づいてくる。
「ああ、昨日は騒々しくして済まなかった。今日は改めて花を買いに来た」
「わざわざ来てくれるなんて嬉しいです!自宅用ですか?それとも彼氏さんとか?」
「自分用だ。そこまで大きい花束でなくていい。」
「了解です。サイズはこのくらいでいいですか〜?」
見本用なのか小さいドライフラワーの花束を見せてくる。
「それで。」
「じゃあ、店の中からべっぴんさんの好きな花を選んでくださいな。」
その場から
店を見渡して、見つけた。
(あ、この花。)
昔、施設の近くで見かけた花だった。あの時見たのは確か花弁が黄色かったはず。
「あの花の色は何色だ?」
「あぁ、あの花の色ですね〜、あの花の色は...は?」
店員の動きが固まる。
「あの、今、色について聞きましたよね?」
「そうだが。あの花は何色だ?」
「あの花はポピーで、色は黄色です。」
「ポピー...」
確か、芥子と同じ種類のはずだ。違法ではない。
「あの〜べっぴんさん色見えてないんですか? でもそれは無いか。だってウチが赤い花を置いて無い事は気付いてましたし、どうゆうこと?」
店員がまくし立ててくる
「私は色が見えない。全て灰色で少し濃淡がある程度しか分からん。」
「じゃあ、赤色はどうやって...」
「他の色は全て灰色に見えるが赤だけは鮮明に見えるんだ」
いつからかハッキリとは覚えてないが何時の間にか赤色しか見えない体になっていた。
(日常生活では特に影響が無かったがこんなことで困るとは思っても見なかったなぁ)
「そうだったんだ。辛いこと質問してごめんなさい。お詫びにこの花束はプレゼントするよ」
「いや、全然大丈夫だから...構わないで」
この目になって辛いことはたくさんあった。
一番辛いのは血がよく映える事だと思う。
被弾した仲間の血飛沫、後輩の吹き飛ばされた腕から流れ出る鮮血、戦場を真っ赤に染める人血。
血、血、血、血。
きっと、武器のくすんだ黒や鉄の色、草木の緑、地面の赤茶色、我が部隊の緑色の迷彩戦闘服、敵部隊の茶色の戦闘服、
他にも色があったらこの気持ちも少しは楽になるのかなと思った。
慣れとは実に残酷なモノだ。
始めのうちは動揺し、気分が悪くなる事もよくあった。
それはまだ、私に人の心があったからだ...ろう。
今では自分の両手が誰かの血で真っ赤に染まっていても何とも思わない。
「はい!完成。ん〜我ながら完璧だわぁ〜。ほら、べっぴんさんにぴったり」
目の前にいきなり黄色い花束が差し出される。
ポピーの花束を私に差し出す店員はとても満足そうに笑っていた。
「ありがとう...」
「あ、そういえばべっぴんさんのお名前、まだ聞いてなかったね」
「私は、彩。いろどると言う字でアヤ 、だ」
「彩ちゃんか〜。いいね!いい名前だ!!僕は八百。漢字の8と100でヤオって言うんだ。よろしくね」
「花屋なのに八百って言うのか」
「それ、よく言われる」と言ってヤオは笑っていた。
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