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蘇芳が纏う黒は、いつもどんな景色の中でもはっきりとした輪郭を保つ。それを知っているかのように、蘇芳は自分の髪や瞳の色に溶け込むような色合いを身に着ける。ダークグレーのシャツ、黒いジーンズとショートブーツ、少しだけその深い漆黒を和らげるかのように、首元で揺れる白地のストールと耳に白く光るピアス。
そして、いつも背負っている黒いリュックの代わりに、今日はずっしりと大きなボストンバッグを肩にかけ、いつもどおりの涼しげな表情でおれを見下ろした。
「起きていてくれてよかったです。今日はあんまり時間がないので、叩き起こさないといけないかと思ってました」
「……もう、行くのか」
恭介にあの話を聞いてから、数日しか経っていない。おれは毎日このルーティーンを崩さずにこの男が現れるのを待っていたのだが、昨日も一昨日も蘇芳は姿を現さなかった。もうずっと会えなくなるわけではないにしても、なんだかあまりにも呆気ない。
蘇芳はおれの呟きを聞き取って不思議そうに瞬きした。
「知ってたんですか? ちょっとバタバタしてて、言いそびれてたんですよね。今日の夜の便なんで、このまま空港行きです」
「……そ。ずいぶん急だけど、準備とかちゃんとしたか?」
そう言って芝生から立ち上がり、白衣についた落ち葉を払いながら尋ねる。蘇芳は担いでいた黒いボストンバッグをどさりと地面に下ろした。足元で、がさりと枯れ葉が擦れ合う音が響く。
「そんなに大した準備はないんですけどね。学校に絵を描きに行くだけだし」
「だけってことはないだろ……。まぁ、蘇芳らしいといえば、らしいけど」
本当にこともなげに言ってのける蘇芳のいつもどおりすぎる声色に、思わず苦笑してしまう。でも、こうして向き合う蘇芳の表情は涼し気なだけではない。それも、今のおれにははっきりとわかってしまう。
一見クールに見える整った顔立ちは、プレゼントの箱を開けるのを待っている子どものように生き生きと綻んでいる。漆黒の瞳は、すべてを呑み込む色の奥に、何にも染められない確固たる信念の炎を燃やす。
いろいろな色を湛えてまっすぐに立つこの男に、おれはいつだって圧倒され、同時に強く惹きつけられる。そんなことにも、おれだけ今さら気づかされる。
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