1色:困惑の躑躅色

5/22
89人が本棚に入れています
本棚に追加
/158ページ
「……蘇芳も、描くのか」 そう呟くと、蘇芳は心底呆れたような顔でおれを眺めた。 「当たり前でしょ。おれ、『しりとり』って言いましたよね。彩さんはひとりでしりとりするんですか? まぁそれはそれで笑えますけど、そんな彩さんと同じ空間にいるのは遠慮したいですね」 「……ちょっと確認しただけだろうが」 「いくらなんでも確認の内容がアホすぎる、って言ってるんです。スタートは彩さんからでいいですよ。口で言葉を言って、同時に絵を描く」 「言葉で言うんなら、絵で描く意味ないんじゃないか?」 白衣の胸ポケットに刺さっているボールペンを取り出し、その頼りない細さをきゅっと握る。 おれは描きたくない。……けど、蘇芳の描く絵が見られるとしたら。たとえそれが、うらぶれた生協のテーブルの上で、愛想のない罫線が入ったルーズリーフの上に(えが)かれるものであったとしても……それでも見たいと思ってしまう、おれは本当に往生際が悪い。 「じゃあ、絵だけでいいですか? その場合、絵を描けなかったら即負けになりますけど」 「……ちなみに負けたらどうなんの、これ」 「何も得るものも失うものもなく、大の男がふたりでしりとり勝負ってのもあんまりでしょう。負けたら、何かひとつ相手の質問に答えるってのは、どうですか?」 「…………」 「嘘、なしで」 蘇芳の黒い瞳が、すっと細めらる。おれの呼吸、心拍、心の内まで見透かすように。これほど「童心」からかけ離れた遊びがあってたまるか。おれの葛藤のふり幅は完全に掴まれている。おそらくこの男は、勝ち目のない勝負はしない。 描きたくない、蘇芳が描くのは見たい。 答えたくない、蘇芳には答えてほしい。 ――どうして絵をやめたのか、おれはこいつに答えてほしい。 おれが、目を伏せて、深呼吸をして、ぐっと掌を握ってから出す答えを、こいつは最初から知っている。 「……いいよ。始めよう」 ほとんど人気のない空間に響いた消え入るようなおれの声に、蘇芳はさっきまでとは少し違う表情で、ふっと笑って頷いた。 こうして、おれ達の謎のしりとり対決がスタートした。
/158ページ

最初のコメントを投稿しよう!