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「……無駄な抵抗とわかったうえで一応言うけど、あれ、龍だから」
「いいじゃないですか、トカゲ色で。地に足がついていておれは好きですよ」
「また意味不明な理屈を……まぁ、名前はなんでもいいんだけどさ」
肩をすくめて見せ、おれは自分の手元に残ったラストひとつのチューブを掌に載せて眺める。蘇芳は青色のペンケースの中に絵の具を収めると、おれの隣に腰を下ろしてこちらを見た。
「小柴先輩の分ですか?」
「うん、そう」
「体調とか、大丈夫そうでした?」
「うん。あのときのことは忘れているみたいだけど、ちゃんと元気だったよ」
おれがそう答えると、蘇芳は「よかったですね」と言って安心したように微笑んだ。目に見えない妖力で形作られた記憶は人間の中に残らない。色喰いの妖力に蝕まれかけていた記憶を、恭介が思い出すことはおそらくないだろうと思う。それでも、おれはひとつ心に決めていたことがあった。
「……蘇芳。おれ、恭介にちゃんと話そうと思う。自分のこと」
「トカゲ色」のラベルをきゅっと握りしめてそう呟くと、蘇芳は一瞬目を瞠ったが、すぐに可笑しそうに表情を緩めた。
「いいんじゃないですか」
「あっさりしてるなぁ……」
「おれがどう言おうが、彩さんがそう決めたんでしょ」
「うん……。今はまだ、巻き込む可能性もあるから全部ってわけにはいかないけど……ちょっとずつでも、ちゃんと話していこうと思って」
自分の決めたことをなぞるように、ゆっくりと呟いた。蘇芳はおれの言葉を聞いて、黙って頷いてくれた。
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